立ち読みコーナー
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 トレトゥールへようこそ~本日のおすすめは幸せのスパイス味~
  あとがき
「おいしい」
 悠歩のシチューを口にした径があのときと同じように柔らかい表情をして言う。
「はじめて悠歩と一緒に食べたよな……って、テーブルにクリームシチューがのっているたびに、いつも思ってた。あのとき、お互いすごく緊張して……俺は悠歩を見つけられてうれしくて。手紙でしか知らなかったけど、なんて可愛い人なんだろうって、舞い上がってた」
「俺は径に惹かれていくのが怖かった……かな。大ファンだったしね。なのに径ってば、運命のつがいなんて言うし」
「実際そうなんだから仕方がないだろ」
「うん。……色々あったよね」
「ああ。色々あったけど、でも、こうして今俺たちはつがいになって結婚して、子どももできて――幸せだよ。あのとき悠歩が一歩踏み出してくれたおかげでね。……ね、悠歩、俺はまだ頼りない?」
 覗き込むように径は悠歩の目をじっと見つめる。
 悠歩は黙って首を横に振った。
「そんなことない。今は径がいなくちゃ俺はきっと立っていられてない。どれだけ支えられたのか……たくさん甘えて俺はずっと頼りっぱなし」
 頼りっぱなしだと思ったからこそ、今回ばかりは径によけいな心配をかけたくなかった。そのくらい彼はとても頼りがいのある夫だし、子どもたちの父親だった。
 悠歩は径の目を見つめ返した。
 自分の夫だけれども、いまだに見つめられるとドキドキする。まだ自分は彼に恋をしている。そしてはじめて会ったときよりもっともっと愛している。
 その愛する人に心配をかけたくないあまり、もっと心配をさせてしまったとしたら本末転倒だ。
 伊吹の言葉で冷水を浴びせられたような気持ちになった。径とちゃんと話をしろ、と言われてやっと頭が冷えた。
「径……ごめんね。伊吹に叱られた。……伊吹に叱られながら、径に叱られている気分だった」
「……いつになったらちゃんと話をしてくれるのか、って思ってた」
「心配をかけたくなかったんだ。……香田さんの気持ちが痛いほどわかったし、それに一人でなんとかできる、って」
 悠歩の言葉に径が頷く。気持ちはわかると言いたげに。
「悠歩」
 突然、径がシチューを掬ったスプーンを悠歩の前に突き出した。
「え?」
「あーん」
 いきなり「あーん」と言われて悠歩は目をぱちくりとさせる。
「ほら、口開けて。あーん」
「え? あ、あ、うん」
 言われるがままに口を開けると、径がそこにスプーンを入れる。ひと匙のシチューが悠歩の口の中に流し込まれた。
「うまいだろ?」
 径がニヤリと笑いながら悠歩に言う。