立ち読みコーナー
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 魔法騎士は愛で蕩かす~黒飛獣と黄金の翼~
  あとがき
「えっと、きみ? 今日は菓子を持ってきた。ここに置いておくからね」
 仕事を終えて森を出ると、金色の髪をした騎士が遠くから話しかける。家の前に積んである薪の上にそれを乗せると、横歩きで移動したのち、そそくさと立ち去った。
「あ……ありがとうございます」
 フユは何度もお辞儀をしたあと、彼が姿を消してからそちらのほうに寄っていく。
 空になっている木桶を置いてルシオルが持ってきた包みがなにかを見てみれば、それは布巾にくるまれた薄くて丸いかたちをした焼き菓子だ。
「わあ……っ」
 もういない彼にもう一度頭を下げて、フユは家の中に入った。
 いつものことだが彼を見ると胸の動悸が激しくなる。少しでも落ち着こうと、フユは台所の炉に残る埋み火を掻き起こし、手鍋で沸かした湯を使って茶を淹れた。
「……美味しい」
 茶葉はこの前ルシオルがもたらしてくれたもので、淹れるといい香りがする。
「あのひとに、どうぞご一緒にと言えばよかった」
 心から悔やんでため息が出るけれど、それができたら悩みはない。
 半年前、フユが飛獣の番人に選ばれてまもなく、ルシオルがこの家を訪ねてきた。仕事に対するねぎらいのつもりではあったのだろうが、家にいなかったフユを探しに森に来て、細い小道で不意打ちに行き合ったのだ。
 そのときフユは仕事を終えての帰り途で、茂みを出て道に戻るところだった。
 ――え……わっ!?
 草や枝葉を手で払うのに気を取られ、茂みから飛び出したそのはずみでルシオルにぶつかった。
 ――ああ、すまない。
 こちらのほうから抱きつくような格好になり、悪くもないのにルシオルはあやまってくれたけれど、フユの動悸は鎮まらない。急いで彼から離れたけれど、その仕草をどう思ったか、相手は苦い笑いを見せた。
 ――驚かせてしまったな。
 ――あ、いいえ。おれのほうこそごめんなさい、すみません。
 恐縮しきったフユを眺め、ルシオルは自分の両手を肩のあたりまであげて言う。
 ――悪いことはしないから、俺を怖がらないでくれ。
 まるで人慣れしない小動物にでも言うような調子だった。
 ――これからも、ときどきはここに来るが、できるだけ早めに俺がいることを教えるから。
 そうして、ルシオルはフユの立つ場所を迂回して茂みのほうから去っていった。
「怖がっているのとは……違うんだけど」
 ただルシオルはきらきらとまぶしくて、見た目も態度も立派すぎ、本人にそうしたつもりがいっさいなくてもフユはつい気圧されてしまうのだ。結果、毎回申しわけない態度になって、フユは後悔するばかりだ。
「ルシオルさま、ごめんなさい。おれは本当に駄目なやつです」
 だけど、感謝の気持ちはある。それは絶対嘘じゃない。彼と面と向かっても失礼な真似をせず、なんとか自分のこの思いを伝えられたら。
 それはなにかと考えあぐね、しばらくしてからようやくひとつの案がひらめく。
「そうだ。こうしたら」
 フユは自分の思いつきを実行すべく家を出た。
 薪を積みあげたところには焚きつけ用の細い枝も乗せている。それを取って、考え考え地面に文字を書き並べる。
『ルシオルさま。やきがしありがとうございます。こないだのお茶もありがとうございます。さっきはお礼が言えなくてごめんなさい。かしこ』
 最後の言葉は老イラフから手紙の終わりにつけるものだと聞いた気がする。より丁寧になるかと思って、フユはそれをつけくわえた。
「これでいい、かな?」
 しかし、そののちルシオルはここに姿を見せなかった。
 フユは彼をいよいよ怒らせたのだろう、もう二度と来る気はないのかもしれない。そんなことを考えて、ぐるぐると悩み続けた。けれども、万が一彼がふたたびやってきたらと風が文字を薄くするのを何度もなぞって直しておいた。
 今朝もフユは地面の文字をちらっと見てから、仕事に向かう。飛獣の世話は九頭分の水汲みだけでもたいへんで、それにくわえてできるだけ綺麗な花や美味しそうな実を探そうと茂みの中を歩きまわる。二日に一度は寝床に敷く草刈りの必要もあり、仕事が終わればフユはくたくたになってしまった。
 この日は水とエサやり以外に飛獣の寝床を綺麗にして、疲れた身体で森を出た。水桶の綱が手のひらにマメをこしらえ、それが潰れてひりひりとした痛みを感じる。それでも、無事に仕事を終えられた満足感もおぼえていた。
「おうい、きみ。ご苦労だったね」
 うつむいて歩いていたから、その声が聞こえたときにはびくっとした。
 顎をあげれば輝く騎士がこちらに手を振っている。
「これ、読んだよ」
 彼がにこやかな表情で地面の上を指差している。その様子が本当にうれしそうで、フユの心臓がコトコトと速い動きを刻みはじめた。
「ありがとう。また来るから」
 ルシオルはもう一度手を振ると、学院の建物に続く階段のほうに行く。フユはそうっと彼のいた場所に戻っていった。
「……あ」