立ち読みコーナー
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 お気楽メイド、恋の駆け引き
あとがき
「……風呂に入ってくる」
 独り言のように言うと、氷鷹はすたすたと部屋を出ていった。友成はぼんやりと立ち尽くす。
「お風呂、か……」
 風呂と言えば人間が「全裸」というもっとも無防備な状態になる場所だ。身体の鎧が外れるなら、もしかしたら心も油断するかもしれない。
「よし……ここは、性的サービスの出番だ」
 友成は、以前やろうとして失敗に終わった、「身体に気持ちを訊く」のをふたたび実行しようと思い立った。氷鷹には以前「自分を大切にしろ」とよくわからないことを言われて撃退されたが、友成はこの一週間で、いやというほど学んだのだ。どんなに慎ましやかにメイドとして接しても、何も進展しないということを。だから、ここは突撃するしかない。突撃するべき、と友成の直感が訴えている。
(そうと決まれば、急がなきゃ!)
 氷鷹はそんなに長風呂ではないから、もたもたしていると風呂から出てきてしまうかもしれない。大急ぎで食洗機に食器を突っ込み、テーブルを拭いた。
 浴室の前まで来ると、白く曇ったドアの向こうに氷鷹の気配がして、湯の流れる音が聞こえてくる。
(こ、このドアの向こうに、裸の氷鷹さんが……)
 氷鷹を好きになり、ホモになって日が浅いと言うのに、友成は初日に寝巻きの裾からちらりと見た氷鷹の腹筋を思い出してごくりと生唾を飲んだ。
「何してる」
「ふぁっ」
 いきなり浴室のドアが開いて、腰にタオルだけを巻いた状態の氷鷹が現れた。眼鏡も服も着ていない氷鷹の姿は、なんだか別人みたいだった。着痩せするタイプだったらしく、逞しい胸の筋肉がふっくらと隆起しているのが目につく。仕事の合間にジムにでも通っているのだろうか、綺麗に割れた腹筋をしている。太腿もむっちりとした筋肉がセクシーで、女性に感じるのとはまた違った性的魅力を感じた。自分は変態なのだろうか。高校の部活の時にも更衣室で氷鷹の裸は見ているはずだが、それはまったく思い出せない。その頃は氷鷹に全然興味がなかったので記憶に残っていないのだろう。友成の脳は現金だった。
(どうしよう、氷鷹さんがこんなに逞しいなんて……負けてる……! 格好いい……!)
 友成は恥ずかしさのあまり両手で顔を覆いたくなった。
「……のぞきか? 悪趣味だな」
 思い切り不機嫌な声に、友成は震え上がった。どうかして誤解を解こうと、思わずその場に正座し、気がついたら両手をついて、額が床につくほど頭を下げていた。
「ち、違います! どっ、どうか俺に、お背中を流させていただけませんでしょうか……!」
「…………」
 耳の奥に心臓があるみたいに、ドッドッと脈拍が暴れている。しかし、氷鷹は黙ったままだ。
「だ……ダメですか……?」
 恐る恐る見上げると、呆然とした表情の氷鷹が見下ろしていた。だが目が合うと、ぱっとそらされてしまった。
「くっ、好きにしろ……!」
「は……」
 氷鷹は浴室のドアを開けたまま、中に入っていく。どうやらOKが出たらしい。
「はっ、はいっ!」
 友成は急いで返事をした。早くしないと、氷鷹の気が変わってしまう。早速全裸になろうとして、ふと思う。
(メイドの性的サービスなんだから、全裸じゃ意味ないんじゃ……?)
 裸一貫、ありのままの自分でぶつかっていくには、まだ自信がなかった。氷鷹はメイドとしての自分を好いてくれているのだと思う。いきなり自分自身になって突撃するのはまだ早い。
 しかし、支給されたヴィクトリアン風の黒いワンピースはどう見ても高級そうで、風呂場で濡らすわけにはいかない気がする。考えた挙げ句、白いエプロンだけを身に着けることにした。あと、ホワイトブリムも。これでなんとか、メイドとしての体裁は保てるはずだ。なんだかスースーする下半身をエプロンの上から押さえて、浴室に入る。
 氷鷹はまるで戦国時代の武将のように、こちらに背中を向けて風呂椅子に腰かけていた。小姓が流すのを待ち受けているみたいに見える。
「失礼します……」