立ち読みコーナー
目次
0ページ
 水瓶座はきょう失恋するでしょう
あとがき
 水瓶座はきょう失恋するでしょう


「マリアさん、俺はあなたのこと、ずっと女性だと思ってたんです」
「すみませんでした……僕はでも、君を傷つけるつもりはなくて……っ」
「言葉で謝ってもらうだけじゃ足りないです」
 愛撫のように手の甲をさすられて、ぞくりとする。言葉とは裏腹なやさしさが怖い。
「マリアさんって、ゲイなんですよね。男の人に抱かれるのって、気持ちいいですか?」
 ……馬鹿にされている。僕はいたたまれず、唇を噛んだ。
「抱かせてください」
 挑むような瞳に射貫かれて、僕の意思とは関係なく、身体の奥が勝手にじんと甘く痺れてしまう。
「でも君は、女の子が好きなんですよね」
「そうですね。俺、男には興味ないです」
「じゃ、じゃあ、やめておいた方が……」
「試しにキスしていいですか?」
「はっ?」
「キスしてみて、気持ち悪かったらやめます」
「……わ、わかりました」
 声が震えてしまった。潤とキス? 夢にまで見たことのはずなのに、どうしてこんなに苦しいのだろう。唇同士が触れ合う直前に、思わず潤の胸に手をついて、顔を背けてしまった。
「マリアさん、逃げないで」
 もう一度、潤が顔を近づけてくる。僕は観念して目を閉じた。
「ん…………」
 潤の舌先が僕の舌先を吸い出して、何度もその濡れた表面を擦りつけてくる。甘やかな誘うような動きに、僕の脳は完全にとろとろになってしまう。
 潤の唇が離れていった時、僕は完全に脱力していた。潤は、気持ち悪いとも気持ちよかったとも言わない。ただ、熱のこもった声でこう言った。
「……俺、男は好きじゃないですけど、今すごく、セックスがしたいです」

   1

 クリスマスイブの夜、恋人に呼び出されてうきうきとホテルへ向かったはずの僕は、ずきずきと痛む左の頬をハンカチで押さえて帰宅した。殴った人は看護師さんで、恋人の本命の女性だ。つまり僕は、この聖なる夜に恋人をめぐる修羅場に直面し、潔く殴られ、敗北し、痛みとみじめさを抱えてそぼふる雨の中をとぼとぼ歩いて帰ってきたというわけだ。やり返したくても女性を殴るわけにはいかないし、そもそも彼は僕より彼女の方を愛していたわけだから、僕の出る幕はもうない。
 部屋の灯りを点けると、白い壁が青白いような光を反射して、冷蔵庫の中みたいに寒々しい。六畳ひと間のアパートの部屋が、やたらと広く感じられる。部屋にはソファもテレビもない。いつ彼が来てもいいように、とベッドだけはセミダブルのちゃんとしたのを買ったから、それだけで部屋の中はいっぱいだ。僕のためだけに買った家具は、仕事机と椅子だけ。仕事は机の上にちょこんと載ったパソコンだけで済んでしまうから、実質この部屋のほとんどは、たった今別れてきた彼のために存在する。
 途中のコンビニで買った氷はもう溶け始めていて、ハンカチの繊維の間から冷たい水が滲み出していた。ハンカチごとコンビニのビニール袋に入れて、頬に当て直す。パソコンの電源を入れようとうつむくと、しずくがぽたぽたとキーボードの上に落ちた。でもいちいちそれを拭うのもおっくうで、軽く鼻をすすって、そのまま電源ボタンを押す。青く光る画面を眺めていたら、見慣れたアイコンがどんどんぼやけて、綺麗なイルミネーションみたいになった。あごからまだしずくが滴っている気がするけど、もうどうでもいいや、という気分だ。彼――というかすでに元彼になってしまったが――隆也は別れ際、
「お前もいつまでもホモなんかやってないで、早いとこ彼女見つけろよ。そこそこイケメンなんだしさ。もったいないよ」
 と言った。僕は震えそうな声をなんとかしぼり出して、
「アラフォーの隆也さんとちがって僕はまだ若いですから、急がなくても大丈夫です」
 と憎まれ口をきいた。隆也は鼻で笑う。
「二十六歳なんか、三十まであっという間だぜ? それにお前、星占い専門ライターなんて不安定な仕事なんだからさ。ちゃんと仕事持ってる彼女がいいよ。理沙みたいに、看護婦さんとかさ」
 僕は言葉と一緒に涙を飲み込んだ。隆也にとって僕はただの遊び相手でしかなかったかもしれないけど、僕は本気で好きだったんだ。身体の中に誰かを受け入れたのは、隆也が初めてだった。
 隆也は『パープルトン』という男性ファッション雑誌のカメラマンなのだが、モデルのオーディション会場でみじめに落選した僕をナンパした時、「これは遊びだからね。本気になっちゃだめだよ?」とはっきり言っていた。それでも隆也を好きになってしまったのは、偏に僕が恋愛経験が浅くて、初心だったからだ。自分がこんなにも馬鹿で真面目で、遊びの恋なんかできる性質じゃないってことに、浅はかにも気づけなかったんだ。
 声を上げて泣いたら少しは楽になれたのかもしれないけど、僕はそうしなかった。単純に疲れていただけかもしれないし、そんなことをしてもこの吐きそうに空虚な感じはどうにもならないと思っていたからかもしれない。画面の中で新着メールがもりもり積み重なっていくのを、ただひたすら眺めている。メールのほとんどは僕、というより星占いライターの「月影マリア」宛だ。月影マリア。僕の分身。本名の碓氷影彦とは似ても似つかない煌びやかな名前は、滑稽ですらある。たぶん読者のほとんどは、マリアのことを女性だと思っているだろう。
「月影マリアの占い道場」という星占いのホームページを自力で作って運営して、もう数年になる。毎週欠かさず週間占いを掲載し続けているうちにいつの間にか月間百万ビューを超える人気になって、そこからライターとしての仕事につながり、こうして細々と食べていけるようになった。ホームページは今でも新規の仕事の窓口になっているから、毎週必ず更新している。掲示板やメールフォームを通して読者と直接触れ合えるのも魅力のひとつだ。
 パソコンに溜まったメールのほとんどは、読者の恋愛相談だ。いつもなら読者と同じ目線になって相談に乗るのだが、きょうだけはどうしても、そんな気分になれなかった。自分の胸の痛みで精一杯で、他人の恋愛にかまっている余裕がない。こんなことは初めてで、僕自身、呆然としている。
「もう、だめかな……」
 ビニールで作った即席の氷嚢が、ぼたりとフローリングの床に落ちてしまった。でも、拾おうとも思わない。キーボードを押しのけて、机の上に突っ伏した。セーターが頬に直接触れてちくちくする。顔を隠したとたん、嗚咽が喉を突き上げた。僕は拳が震えるほどセーターの袖を握り締めて、歯を食いしばる。唸り声みたいな泣き声が漏れる。安アパートだから、声を上げて泣いたりしたらとなりに聞こえるかもしれない。泣くかわりに、獣みたいに低く呻き続けた。なんだかよくわからないけど、僕には泣く権利すらないような気がした。泣くっていうのは結局、誰かに甘えてすがることなんじゃないだろうか。そばに誰もいなかったら、泣いてもわめいても誰も聞いてくれないんだったら、泣いてもしょうがない、と思っている自分がいる。
 そうやって突っ伏したまま、どのくらい時が過ぎただろう。身体がびくっと痙攣して、それで目が覚めた。部屋の中は相変わらず暗くて、骨の髄まで冷えている。身じろぎするとマウスに腕が当たって、パソコンの画面がいきなり青く輝いた。聖なる夜なんだから、この光るウィンドウがどこか別の世界につながっていて、僕を引きずり込んでくれたらいいのに、なんてファンタジーなことを考えてしまう。つい習慣でメーラーをのぞくと、ちょうどメールが届いたところで、ポンという無機質な音とともに未読メールがまた一通、積み重なった。
「ウィルスつきか……」
 ホームページには、メールフォームの下にメールアドレスも記載している。メアド宛に送ってくる読者はほとんどいないが、万が一メルフォがうまく動作しなかった時のためにそうしている。だがこのメールは、明らかにメアド宛に、添付ファイルつきで送られてきていた。どうせろくでもないスパムメールだろうと思って捨てようとしたけど、差出人のアドレスが携帯電話なのが気になる。おまけに、件名もふるっている。
『十六歳の男です。いつ死ぬのか知りたいです。占ってください』
「クリスマスの夜に、不吉すぎますよ……」
 僕は思わずつぶやいていた。聖夜に、十六歳の少年が死亡。遺書はなく、携帯電話には死の直前に占い師に送ったと思われるメールの送信履歴が残されていた……。そんな記事が新聞に小さく掲載されるのを想像してしまう。もう、どうにでもなれ、だ。パソコンがウィルスに感染したって知るものか。聖なる夜に起こることは、なんだって神の思し召しなのだ。なんたって僕は、おこがましくも聖母マリアに名前を借りているのだから。イメージアップのためのペンネームとはいえ、気恥ずかしくて汗をかいてしまうほどの清らかな名前だ。
 えいやっとメールを開いた。たぶん失恋で自棄になっていたのだと思う。でも、メールを開いた瞬間に何百というウィンドウが開くとか、自動的にメールが何百通も送られてしまうとかいうことはまったく起こらなかった。そのかわり、メールの中にはびっくりするような美少年がたたずんでいた。『ベニスに死す』という映画を観た時、主演のビョルン・アンドレセンの美貌にはただただ驚いたものだけど、この子は東洋のアンドレセンとでも言ったらいいのか、凛々しい顔つきの中に幼さと知性が同居しているような、あやうい美しさがあった。
「君、死んじゃうのか」
 もったいない、なんてつぶやいて、僕はつい画面に見入ってしまう。君みたいな将来のある若者が死んじゃいけない。メールには件名と同じく、死期を占って欲しいという旨が短く書いてあっただけで、写真の意味も何も書かれてはいなかった。これは迷惑メールの可能性が高いと思ったけれど、僕は衝動的にパソコンに向かって返事を打っていた。
『人が死ぬ時期を占うのは、占い師にとってタブーなんです。もし何か悩みがあるんだったら、相談に乗りますよ。だから早まらないでくださいね。月影マリア』
 送信してしまってから、なんだかため息が出てしまう。死ぬんだったら、僕みたいに失恋したダメ男が死ねばいいんだ。誰も僕を必要としていない。そんな暗い考えにすっかり沈み込んでいると、ポンという着信音が響いた。メールの主はさっきの美少年らしい。件名は「Re:Re:」でつながっているし、送信元アドレスも同じ携帯電話からだった。パソコンの画面のデジタル時計を見ると、ちょうど午前零時になったところだ。どうやら彼は、今まさに携帯電話をいじって僕のメールを見て、即座に返信してくれたようだ。
『マリアさん、まさかお返事もらえると思ってませんでした。俺、マリアさんのファンなんです』
 そこで文章が止まっているメールを見つめて、僕は固まってしまう。これはどういうことだろう。チャット感覚なのだろうか。差出人の名前は相変わらずわからないし、写真の意図も謎なままだ。それでも直前のメールの「死ぬ時期を占ってください」という不穏な文面を考えると、無視するわけにもいかない。たぶん、僕の出方次第で、この子の生死が決まるんだ。そう思ったらにわかに緊張してきて、僕は掌をズボンで拭うと、もう一度キーボードを叩いた。
『それはどうもありがとう。こんな夜にメールを送ってくるなんて、何かあったの?』
 それだけ打って、送信ボタンを押す。まるで知り合いみたいな馴れ馴れしいメールだけど、仕方ない。自殺されるよりはましだ。返信は即座に来た。
『あっ、ごめんなさい。寝てました?』
 いやいやいや。そういう問題じゃないだろう。軽いノリに、ちょっと拍子抜けしてしまう。
『よかったら、お名前とかを教えてもらえるかな。どうして写真を送ってくれたのかとか、君がどうして死のうと思ったのかとか、話してみない?』
 メールの返事は、五分以上来なかった。もしかして突っ込んではいけない話題だったのか、とか、今まさに死んでいるんじゃないだろうか、とか、失恋の苦悩でいっぱいだったはずの僕の頭の中は、いつの間にかこの人騒がせな少年のことでいっぱいになっている。
 でもそれは、僕がこの少年にひと目惚れしたとかいうことではまったくなくて、むしろ腹が立っていた。だってあんなにひどい失恋をしたあとで、殴られた頬も痛くて、どう考えても慰められて労られる権利がありそうなのは僕の方じゃないか。それなのにこの少年が死ぬとか言い出したおかげで、僕があれこれ心配する立場になっている。しかも肝心なことを訊き出そうとしたらとたんに音信不通になるなんて、ものすごい不安になるじゃないか。なんだかもう、振りまわすのもたいがいにして欲しい。
 きっとこの可愛い少年は、家族にも同級生にもちやほやされて幸福に育った甘ったれなのだろう。他人の好意を「へ」とも思わないのだろう。
 僕はどう控え目に見積もっても、やさぐれていた。少年に返事を催促するメールを送ろうかとも思ったが、さすがにそれはできなかった。なんだかんだ言っても、思春期の子どもというのは傷つきやすいもので、僕が想像もつかない傷を負っていて、悩み抜いた末にメールをくれた場合だって考えられるじゃないか。だったらここはぐっと我慢して、彼が返事をくれるのを待つしかない。結局のところ、僕はおひとよしだった。
 気分転換にキッチンでコーヒーを淹れて戻ってくると、返事が来ていた。
『さっきは名乗りもしないですみませんでした。俺は蜂屋潤って言います。写真を送ったのは、『パープルトン』っていう雑誌のモデルにスカウトされて、それで悩んでて……』
 自慢か。モデルにスカウトされて悩むなんて、わざわざ自分からモデルのオーディションを受けに行ったのに落ちたことのある僕の立場はどうなるのだろう。それに『パープルトン』と言ったら、まさに僕がオーディションを受けたあの雑誌じゃないか。この子がモデルになるなら、これからカメラマンである隆也とも出会うだろう。僕を捨てたあの男は、彼をどんなふうに扱うんだろう。胸の奥に、嫉妬の炎がちりちりと燃え上がる。天はほんとうに不公平だ。持てる者はとことん持っていて、持たざる者のみじめさたるや、半端ない。こんなに綺麗な少年だったら、モデルでも俳優でもなんでもやれば成功まちがいなしに決まっている。わざわざ占い師に聞くことじゃない。
 さっさとそう返信しようとしたが、あとに続く文章を読んで、僕は心底恥ずかしくなった。
『それで、死ぬ時期を占って欲しいって書いたのは、やることがなくなってしまったからです。実は一昨年に母が亡くなってから、父や兄の食事の支度や洗濯、家の掃除なんかも俺の担当だったんですが、新しいお母さんが来てからお手伝いさんも来るようになって、役割がなくなってしまいました。そうしたら、急に胸にぽっかり穴が空いたようになってしまって、なんにもやる気が出なくて、こないだも屋上で昼飯を食っていたら、いきなり飛び降りようとしたらしくて、友だちに驚かれたんです……』
 たっぷり三十分以上かけてメールを作ったのが窺えるような内容の濃さに、気がついたらすっかり感情移入して読んでいた。
 簡単にまとめると、潤の実家は寺で、僧侶の父親に実業家の長兄、美大生の次兄がいる。中学生の時に母親を亡くしてから、健気にお父さんやお兄さんたちの面倒を見てきた潤は、継母の登場によりお払い箱になってしまったというわけらしい。僕はさっきまで潤に対して抱いていた怒りや不信感を、ものすごく反省した。潤は僕が思ったような軽薄な少年では、まったくなかった。
 様子のおかしい潤を心配した友人たちは、気分転換させようと、潤を連れて原宿に遊びに行ったらしい。そこで潤は、雑誌のスカウトだと名乗る人物に名刺をもらったのだという。その人物は、潤をモデルで終わらせるつもりはなく、モデルとして売り出したあと、俳優としてデビューさせ、末永く活躍してもらうつもりだ、と説明してくれたそうだ。
『俺、モデルとか俳優とか、なろうと思ったことなくて、なんだか気後れしてるんです。でも何か打ち込めることができたら、この胸に空いたぽっかりした穴みたいなのが埋まって、死にたいとか思わなくなるのかなって思って。写真を送ったのは、俺がモデルとか俳優にほんとうになれるのかどうかマリアさんに見てもらいたかったんです。ちなみに俺の誕生日は、九月八日です。親とか兄とかは、俺がやさしすぎるから、芸能界なんか絶対むりだって言っていて、確かに身長はまだ低いけど……』
 潤は、ほんとうは死期を占って欲しかったんじゃなくて、生きたくて、背中を押してもらいたかったのだろう。僕は、もう一度、送られてきた潤の写真を眺めた。意思の強そうな瞳。引き締まった口元。浅黒いけどきめ細かい肌は、真珠のように滑らかに見える。身体つきはまだほっそりしていて、蜻蛉みたいに儚い美しさを持っているけれど、これから大人になるにつれて徐々にがっしりしていくのだろう。これはまちがいなく、百年に一度の逸材だと思う。僕は改めて、背筋がぞくぞくした。この子が映画やテレビで活躍する未来が、ホロスコープを見なくてもわかる気がする。
 ひとまず、占ってみることにした。何かおもしろい角度が見られるかもしれない。潤は九月八日生まれの乙女座だったが、不思議な星の配置だった。月や金星など、性格の重要な部分を構成する星たちが、乙女座よりも多く蠍座に集まっており、どちらかというと蠍座的な性格を示している。おそらく、家庭にいる時は潤の乙女座的な部分が強く出ていて、家族には潤がやさしいだけの男の子として映っているのだろう。しかし潤の火星は蠍座にあった。火星というのは男性的な部分や仕事などを象徴する星で、それが深く物事を追求する蠍座にあるということは、かなりな負けず嫌いな上に、仕事にのめり込むタイプだ。敗北を知らない蠍座という男性的な強い星座がいいふうに出れば、潤はきっと成功するだろう。
『君はたぶん、俳優に向いていると思います。私は映画が好きだから、ぜひ映画に出て私を魅了して欲しいです』
『ほんとうですか! ありがとうございます。俺、がんばります!』
 ストレートに喜びを表現したメールが来て、僕は思わず笑ってしまった。単純な男の子だ。いや、僕に対して気を遣っているだけなのかもしれない。どちらにしても、悩みは解決したらしい。安心したらどっと疲れが出て、ぐったりと背もたれに身体を預けた。もうこれでこの子は大丈夫なんだと思うと、それはそれで寂しい気がする。落ち込んでいる人間にとって一番の特効薬は、もしかしたら自分より弱っている人間の面倒を見ることなのかな。
「寒い……」
 暖房も入れずにメールのやりとりをしていたことに気づいて身震いした。ティッシュの箱を震える手で引き寄せて、鼻をかむ。この美少年はこれからも色々あるんだろうな。女にも男にもモテそうだ。でもそれは、僕には関係ない。僕に残されているのは、もうこの部屋に来ない恋人の思い出と、行き場のない想いだけだ。ふたたび気分が沈み込みそうになった時、ポンと着信音が鳴った。潤からだ。まだ何かあるのだろうか。
『お礼に、俺もマリアさんの悩み、聞きますよ。クリスマスの夜に俺なんかとこんなにメールしてくれるなんて、マリアさんも相当さみしいですよね? 彼氏とか、いないんですか?』
「……!」