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六花の騎士と雪の豹 ~冬実る初恋~ 7
白き野に咲け恋の花よ 243
あとがき 253
110ページ~
「な、─」
んだこれ、と思わず口に出しそうになった。
発情期の獣人の体臭による誘引は、通常同じ獣人にしか効かないはずだ。誰彼かまわず作用していたら大変なことになる。そもそも獣人に対してだってそこまで強力なものではない。
そのはずが、甘ったるく鼻をくすぐり、下腹を重く痺れさせるほどに香っている─ように感じる。
(ああそうだ、俺は白野が好きなんだ。だから……)
いつもと違う香りもわかる。匂いも温度もなにもかも、呆れるくらいにこの手と体が覚えている。
「っ、んンン─!」
その時、腕の中の肢体が伸び上がり硬直した。
「白、野……?」
「ぁ、……ッ、うそ……だ」
三角の耳が後ろにぺたりと寝て、瞳からぽろぽろと涙があふれ出るのを、呆然と眺める。
(イった─……)
「ぅ、あ……ごめん……ごめんなさ……」
発情期なのだ。何も悪いことではない。
けれど家族に─主に醜態を曝してしまったと恥じらい、泣いて謝る。
それが白野らしくて、ひどく痛ましかった。
「─っ、ぅっ、ありおみ、はな、して……」
無理だ、と思う。離せるわけがない。
「やだよ……やだ……ありおみに、こん、な、ところ……見られたく……な……」
おそらくもう白野は自分が何をしているかわかっていない。見ないでと言いながら、見られたくない人の脚に、重く湿ったまたぐらを押しつけていることに気づいていない。
「ありおみ、おれをしばって、どこかにかくして─」
見ないで、見ないで。呪文じみた呟きに、頭が白む。見せるものか。誰にも、たとえ白野が慕う相手でも、見せてたまるか。
(─ごめんな白野)
「俺が助けてやる」
「……─?や、ありおみ─!」
腰を抱くと尻尾が跳ねた。膝裏に腕を通せば爪先が伸びた。そのまま連れてきた時と同じように抱き上げる。
自分のベッドに移動させたのは、こちらのほうが広いから─というより、未練がましい独占欲の現れでしかない。
不安げに見上げてくる白野の頬を撫で、崩れかけていた編みこみをほどく。白銀の髪を指ですいてやると、それだけで「きゅう」と甘えた鼻声がこぼれた。
肌の触れ合いひとつ、衣擦れひとつが今の白野には劇薬に等しいだろう。溜まっていた十何年ぶんが一気に爆発するわけではないとしても、似寄った状態になっていると考えるのが普通だ。
「好きなヤツのことを思い浮かべてろ。俺は主として、兄として手伝うだけ。だから何も気にしなくていい」
囁きに、白野の瞳が一瞬だけ正気を取り戻したように見えた。
澄んだ水色から、透明な雫がころりとこぼれる。
「たすけて、くれる?」
「ああ」
「在臣が……して、くれる?」
「ああ。……今だけ、な」