立ち読みコーナー
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花嫁蒼介、ダーリンを激愛中 ~幼馴染とのむつまじき新婚生活~   7
新婚さんは蜜月中                         171
あとがき                             222
 俺の嫁は、犬並みの嗅覚とウサギ並みの聴覚を持っている。
 俺が仕事を終えて帰宅すると、ドアノブを掴むより先に玄関が開き、ものすごい力で中に引きずり込まれる。
「うわっ」
 俺の嫁は、ゴリラ並みの腕力を持っている。
「まあくん、おかえりなさい!早くただいまのちゅーして!」
 キスをせがまれ、俺は背伸びして口づけた。
 俺の嫁は、キリン並みに背が高い。
 キスをねだっておいて恥ずかしそうに頬を赤らめた嫁は、俺のビジネスバッグを片手に身を翻した。そのごつい腰回りで白いエプロンのフリルが揺れる。
「今日の晩ごはんは、まあくんが大好きな煮っころがしだよ」
 俺は煮っころがしが好きなどと一度も口にしたことはないが、嫁はそういういかにも新妻っぽいセリフを言いたがる。
 嫁のあとについていくとキッチンのコンロで鍋がグツグツ沸いているのが目についた。
「それ、何炊いてんの?」
 尋ねると嫁は「お味噌汁だよ」と微笑んだ。
 俺は慌てて火を止める。
「ばか!味噌汁は沸騰させんなって言っただろうが!」
「あ、うっかりうっかり」
 自身の頭を小突いて赤い舌を出した嫁の胸倉を俺は掴んだ。気の短い俺は我慢の限界だった。
「ふざけてんのか?」
「ご、ごめんなさい」
「ついでにその気持ち悪いエプロンも脱げ」
 フリルもだが、胸当てがハート形なのがどうしても耐えられなかった。
「えー!」
 有無を言わせず、俺は嫁からエプロンを奪った。嫁は涙目で俺の背中を叩きながら追いかけてくる。
「まあくんのばかばかっ。喜んでくれると思ったのに!」
「叩くな。痛い。おまえゴリラなんだから背骨折れるだろ」
 まあくんひどい、もう嫌い!嘘大好き!と騒ぐ嫁は、イケメンだが美女ではない。
 俺の嫁は、ごりごりの男だ。
 夫の俺よりも男らしく、新妻エプロンは吐き気がするレベルだが、黙っていれば相当もてる容姿をしている。すらりと背が高く、甘い顔立ちをしていて、まるで絵に描いた王子様のようだった。
「あ、優斗さんこんばんは。お邪魔しています」
 ふとリビングを見やると、そこに嫁の担当編集である中原さんがいた。
 気配を感じていなかった俺は思わず飛び上がってしまう。
「うわ!中原さん、来てたんですかっ?」
「はい。来週発売の先生の見本誌をお持ちしました」
 俺の嫁は、現在売り出し中の恋愛小説家なのだ。
「新刊できあがったんですか?」
 テーブルの上に置いてあった単行本を俺は手に取った。嫁はこれを執筆しているときいつになくノリノリだったから、できあがりを楽しみにしていたのだ。
 けれどタイトルを見た瞬間、俺は首を傾げる。
「『夫婦のように、死ぬまでよろしく』?」
「はい!今回も先生がお得意のドロドロ恋愛ものです!夫に裏切られ浮気された妻が、精神に異常をきたしながらも決して妻の座から退かず添い遂げる究極のラブストーリーです!妻に浮気現場を目撃された夫が家の二階から飛び降りて着地に失敗し、下半身不随になるシーンとか最高にゾッとしますよー!修羅場満載です!」
 嫁の作品の大ファンである中原さんは熱弁した。
「怖すぎるわ……。つか、『夫婦のように~』ってタイトルなのに、本当の夫婦の話なんですか?」
「ラストに衝撃の大どんでん返しが待ってるんですよ……」
 俺は顔を引き攣らせた。嫁の作風には毎度のことながらドン引きする。
 しかも嫁の小説に出てくる女性は、嫁そのものなのだ。
「でもまあ、死ぬまでか?死んだら解放してもらえるんだな」
 自分の嫁の執着心の強さを知っている俺は、なんだか生ぬるい気がした。
 すると嫁は邪気のない顔でにこにこ微笑む。
「ううん。この小説は二ヶ月連続刊行が決まってて、次のタイトルは『カルマのように、死んでもよろしく』だよ」
「……ほう」
 さすが俺の嫁だ、死ごときでは屈しない。もれなく来世もつきまとう。
 中原さんは立ち上がり、嫁に会釈する。
「じゃあ先生、僕はこれで失礼します。旦那様においしいお味噌汁を作ってあげてくださいね」