立ち読みコーナー
目次
274ページ
虎王の秘め事~天虎界綺譚~    7
あとが              271
103ページ~
「これを」
 と、アンリは己の踝を飾っていた金細工の足環をはずした。金で作られた幅広の足環は王家の紋様が透かし彫りで入れられた、繊細で美しいものだ。
「アンリ様?」
 見るからに高価な金環だった。どうするつもりなのか、アンリの意図がわからないジュダルの足首と手首にアンリはその金環を押し当て、「大きすぎるな」とつぶやく。
「ここならぴったりだ」
 ついに太さの合うところを見つけたアンリはジュダルの左の上腕にパチリとその金環を嵌め、魔法をかけるように指を振ってなにか呪文めいたものをつぶやいた。
「よし。これで、この金の環は俺の許しなくはずれることはない。お守り代わりとでも思っていてくれ」
「アンリ様!ダメです、いけません!」
 思わず声を上げると、アンリは片眉を跳ねさせた。
「なんだ、なにか不服があるのか」
「はい。こんな高価なもの、いただけません。はずしてください!」
「ゾバイダから聞いているぞ。おまえは俺がこれまで贈ったものも、すべて箱に戻して使っていないそうだな」
「だ、だって……おれなんかがさわったら汚しちゃいそうで……」
 見るからに高価な宝飾品や小物類、バハムダイの店でも最上級の客にしか見せないような織物など、ジュダルは怖くて手に取れない。
「おまえに贈ったものだ。汚そうが壊そうが好きにしたらよい」
「そういうわけには……」
 アンリの手が伸びて、頬を包まれた。じっと見つめられる。
「ア、アンリ様?」
 その瞳に宿る熱のようなものが不思議で目を見張る。
「……いや」
アンリの視線がやわらいだ。苦笑にも似た笑みがその口辺に浮かぶ。
「そんな欲のないところも好ましいと思ったのだ。だが、この腕環だけは受け取ってもらうぞ」
「ダ、ダメです……もったいないです……おれなんかに……」
「なにを言う。よく似合っているぞ」
 目を細めてそう言われ、ジュダルは己の二の腕を飾る金環へと視線を落とした。アンリの踝を飾っていた金環は白い腕でキラキラと光っている。なんだか腕だけ別の人になったようだった。
「綺麗……」
 ジュダルはそっと金の透かし模様に指を這わせた。本当にこんな高価なものをもらってしまっていいのだろうか。
「……ありがとうございます。大切にします」
 顔を上げて、ジュダルは小さな声で礼を言った。
 金の環そのものより、これを自分にくれる、そのアンリの気持ちのほうがうれしい。「実績」のために後宮に連れてこられたのだとは百も承知だけれど、アンリにそれなりに愛おしまれているように感じられて。
 なんだか気恥ずかしくて「ふへ」と笑ってしまう。
「…………」
 無言で見つめられていると思ったら、突然、アンリは虎の姿になった。顔を寄せられ、べろりと頬を舐められる。
「うひゃっ!」
 虎人の舌は人の姿の時でも細かな突起でざらついているが、虎姿ではなおのことだ。痛いほどの刺激に思わず声を上げると、それが面白かったのか、アンリは続けざまにジュダルの頬を舐めてきた。
「ひゃあ!アンリ様!舌!ザラザラ!」
 ふざけているのだと思ったから、笑って大きな頭を押しやった。と、今度はその丸い頭を胸元に押しつけられて寝台の上に押し倒された。
 艶やかで柔らかい毛の触れる首や顎下、胸がくすぐったい。
「ひゃはは!くすぐったい!ひゃああ! ……え?」
 笑いながら身を捩り、いつの間にか、アンリの太い四肢に囲まれていることにふと気づく。
『…………』
 やはり無言で、アンリは己の前脚の間にあるジュダルの顔をじっと見下ろしてくる。
(え?)
 これまで感じたことのない熱と圧がその瞳から放たれていた。飢えた人が食べ物を見つめるような、けれど、蜜のような甘さも含んだ眼差しで見つめられ、ジュダルは固まった。
(この空気……)
 二人のあいだに、ほんの小さな刺激でガラリとなにかが変わりそうな空気が張り詰める。
 その緊張感の中で、不意に、アンリがもし今、人の姿だったらと思いついて、ジュダルはぎくりとした。両手両脚で挟まれ、伸しかかられているのと同じだと気づいて、一気に心拍数が上がる。
「あ……」