立ち読みコーナー
目次
258ページ
アルファの耽溺 ~パブリックスクールの恋~   7
あとがき                    255
19ページ~
「おい、由葵」
 隣を歩くロベルトが一段と小さな声で話しかけてきた。
「前から来るぞ」
 何が、と問う前に、視線を前方に向けると、アシュレイが取り巻きを連れてこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
 由葵は相変わらずの社交辞令の笑みを顔に張りつけ、正面から来る男を見つめた。だが、周囲の由葵の取り巻きと思われる下級生たちは、一斉にざわついた。
 アシュレイ側にいた彼の取り巻きもこちらに気づいたようで、敵意を剥き出しにした。
「そんなところで道を塞ぐような不作法な真似はやめていただけませんか?」
「そちらこそ、由葵様の道を塞ぐように歩くのはやめてもらえませんか?」
 ただならぬ空気が漂う。由葵の隣にいるロベルトは取り巻き同士のいがみ合いには口を挟まないと決めているようで、苦笑いをしながらこの状況を傍観しているだけだ。
 由葵は小さく息を吐くと、ちらりとロベルトに視線を遣り、そして一触即発の状態にある取り巻きに目を向けた。
 ここは上級生として彼らを諭さなければならない。アシュレイと由葵が、仲が悪いという噂はできるだけ立てたくなかった。今でも取り巻き同士の衝突で、上級生から指導するように言われているのだ。これ以上評価を下げることはしたくない。
 彼らの管理も含め、誰とでも上手くつき合うくらいの器量がなければ、寮長やキングの座に就く人間として相応しくないというレッテルを貼られかねないのだ。
 由葵は険悪な雰囲気を醸し出す自分の取り巻きの学生に優しく声をかけた。
「ガーファイル、こういう時は道を譲るのが紳士だろう? 相手に譲らせてはいけないよ」
「でも!」
 まだ尚、言い募ろうとする彼に、由葵はふわりと笑みを零した。
「君が僕のことを思って言ってくれることはわかっているよ。ありがとう。でもまずは紳士であるべきだ」
「は、はい……」
 由葵の笑顔に見惚れ、ガーファイルが頬を染めて返事をする。するとそこへ突然一人の男の声が割り込んできた。
「そうだな、由葵の言う通りだ」
 低く甘い声の持ち主はアシュレイだ。
「由葵、キングがお呼びだ。授業が終わったら、一緒にキングの間へ行こう」
 アシュレイの誘いに思わず顔が歪みそうになるが、どうにか堪え、社交辞令の笑みを浮かべる。
「アシュレイ、伝言ありがとう。授業の後、少し用事を済ませたいから、君だけでも先にキングの間へ行ってくれ」
「同じシックスフォームのクラスを受けるんだ。それくらい待つさ。君に何かあって遅れたら、キングの君に対しての評価が下がるかもしれない。先日も君、上級生に絡まれて授業に遅れるところだっただろう?」
 そうなのだ。少し鬱陶しい上級生が何人かいるのだが、そのうちの一人に捕まってしまい、どう逃げようか算段しているところに、このアシュレイが通りかかり、嘘の用事でそこから救い出してくれたのだ。
 時間があれば一人でもあしらえたのに、彼にいらぬお世話をされてしまった。一生の不覚だ。
「上級生に『絡まれて』?  『声をかけられて』の間違いだろう。君の言い方は上級生を侮辱する意味にも取れるぞ」
「すまないな。つい感じたことを口にしてしまうのは、私の悪い癖だ。由葵の配慮は見習うべき点だといつも感心しているよ」
「何がいつも感心している、だ」
 じろりと睨むと、アシュレイの取り巻きが俄かに騒ぎだす。
「なんて傲慢な……」
「アシュレイ様が謝罪される必要なんてありませんよ。あちらのほうが不作法です」
「本当に。マンスフィール寮のレベルの低さがよくわかりますね」
 一斉に非難が飛ぶ。だがそれを制したのもアシュレイだった。
「由葵は私の友人だ。気安い言葉は傲慢でもなんでもない。君たち、私の友人を非難するのはやめてくれないかな」
 器用にいかにも困ったような、それでいて笑顔で自分の取り巻きに声をかける。
 これもアシュレイが自分の好感度を上げる作戦だ。由葵以上にしたたかな男の性格は、四年間のつき合いでよくわかっていた。案の定、下級生は騙されて、感動で目を潤ませている。
「さすがはアシュレイ様。ご友人思いなんですね。僕たちも言葉がすぎました。すみません」
 取り巻きであるのに、普段の由葵とアシュレイの険悪さに気づいていないところで、取り巻き失格だなと、由葵は彼を心の中で判定する。
 だが、それはあくまでも心の中でのことで、表面上は穏やかに笑顔を浮かべた。キングになるには、この下級生たちの票も必要になってくるかもしれない。
「僕こそ、君たちの前でアシュレイに悪態を吐いて申し訳なかった。気心の知れた友人なので、ついきつい言葉をかけてしまった」
『友人』と言いながら、顔が歪みそうになるのを必死で耐え、花が綻ぶようにふわりと極上の笑みを足す。するとアシュレイが馴れ馴れしく肩を抱いてきた。
「由葵が普段からつれないから、誤解を生むんだ。これを教訓にもう少し皆の前で親しくしたほうがいい。下級生に誤解をさせる言動は改めるべきだ」
「そ、そうだな」
 思わず拳を握り締めそうになり、慌てて背中に隠す。それに気づいたのかアシュレイは人の悪い笑みをふっと由葵にだけ見せて、その躰を離した。
「それでは、授業後に」
「ああ、いろいろ気遣いをすまない」
 心にもない言葉を口にして、顔に張りつけている笑顔が崩れそうだ。
 しかも皆の前で『友人』なんていうあり得ない関係を強要されてしまった。どこから計算していたのか知らないが、本当に食えない男である。
 去って行くアシュレイの後ろ姿を見つめながら、人知れず小さく溜息を吐く。すると隣に立っていた由葵のファグ、チャーリー・エリオットが周囲に聞こえないような声で囁いてきた。
「大丈夫ですか? 由葵様」
「大丈夫だ。しかしあの男も僕に嫌われていると気づいているはずなのに、どうしてこうもちょっかいをかけてくるのか……」
「由葵様とアークランド様は、誰もが認める好敵手ですから、あちらも気になるのでしょう」
「嫌がらせとしか思えない」
 由葵はそう言いながら、出来のいい自分のファグに笑みを向けた。