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見習い執事のアヤシいテスト ……7
あとがき ……223
「あとは、前をとめて、カフスをして終了だ」
桐斗が唯央の前に回ってきて、はだけていたシャツをつかんだ。
「ボタンぐらい、自分でとめます!」
唯央が慌てて言う。なのに、桐斗は手を止めない。
「桐斗!」
「桐斗さま、だ」
桐斗が、じろり、と唯央をにらんだ。
「桐斗…さま」
迫力に押される。いったい、いつまで桐斗は、この茶番をつづけるのだろう。
「シャツの大きさを見てるだけだ。ボタンまでとめるわけないだろう」
ふん、と鼻を鳴らして、桐斗はシャツを離した。ほっとしたのもつかの間、桐斗の右手が唯央の左の腰のあたりに当てられる。
「すべすべした肌だな。何か手入れをしてるのか」
そう言いつつ、桐斗の手が腰をなぞるように上に上がってきた。くすぐったさに、唯央は息を飲む。
「あの…桐斗さま…」
「ふむ、ここまできれいな肌はお目にかかったことがない。食べものに気をつけてるとか、睡眠をたっぷりとるとか、そういうことか?」
「いやっ…そんなことは…」
ちょっ、脇まできてるって! 手、どけろーっ!
桐斗に、そんな唯央の心の叫びなど、当然のことながら聞こえるわけもなく。左手まで唯央の腰に当ててきた。両手で脇腹から胸のあたりまでを、上下に何度もなぞられる。
「何もしてないなら、生まれつきの肌質だな。これをうらましがる女は、たくさんいそうだ。腹筋が割れてるところもいい」
今度はおなかに手を当てられた。筋トレはきちんとやっているので、たしかに腹筋はきれいについているけれど。
わー、触らせて、と女子が言えば、喜んで触らせるけどさ!
そういう触り方じゃなくね!? っていうか、なんか、やばい気がしてきた!
唯央には、ちょっとした秘密がある。だれにも知られたくない、教えるつもりもない、そんな秘密が。
唯央は桐斗の手を、ぎゅっと上から押さえる。
「くすぐったいので勘弁してください」
「いやだね」
桐斗は、唯央の手をはねのけた。おなかを人差し指一本で、すーっとなぞる。
「俺をおとそうとした俊敏な動きから、鍛えてるんだな、とは思っていたが。ムダな肉のついてない、きれいな体だ。もうちょっと身長があれば、この体も武器になっただろうに」
ぐさっ。
痛いところをつかれて、いつもなら反発を覚えるところなのに。このシチュエーションのせいか、唯央の心に、鋭く突き刺さった。軽いショックに、唯央の動きが止まる。
そうだよなあ。身長さえあれば、かわいい、とか言われずにすんだ。中性的な顔立ちでも、背の高いモデル体型だったら、かっこよく見えることは、いろんな人が証明している。
なんで、伸びなかったんだろう。
唯央が悩んでいる間に、桐斗の両手が腹筋を揉むように動き出した。上下左右に動き回る手は、だんだん大きく腹筋からはずれていく。
あ、やばい!
そう気づいたときには遅かった。桐斗の手が大きく滑って、つ、と乳首に触れたのだ。
「ひゃうん!」
心がまえができてなかった。
ただ、それだけのこと。
気を張っていれば、こんなふうにはならない。我慢はできる。
でも、不意打ちだったから。考え込んでいたから。
対応が遅れた。
言い訳は、いくらでもある。
だけど、取り返しはつかない。
「なんだ、いまの声」
桐斗は笑わなかった。バカにしてくれたらいい、と。あざけってくれればいい、と願ったのに。
じっと、唯央の顔を見つめる。唯央は目をそらした。
たぶん、その瞬間。唯央の運命は決まってしまったのだろう。
くすぐったかっただけだよ!
正々堂々と言い放てばよかった。
だけど、恥ずかしくて。そして、負い目のような感情もあって。
唯央は、ただ口をつぐむだけ。
「もしかして、唯央、乳首が弱いのか」
「ちがっ…!」