立ち読みコーナー
目次
242ページ
スーパー♡ラブ   ……7
スイート♡ラブ   ……213
あとがき      ……232
「スカしたものの言いかたすんじゃねえ!」
次の瞬間、男は声を上げたかと思うと、ドン、と恵の肩を突いてくる。
「うわっ!」
不意を突かれ、そのまま後ろに転げかけたときだった。
「!?」
その背中が、トンと何かに触れる。
硬いけれど硬すぎず、どこか心地好い感触のそれに驚いて振り返ると、そこには、一人の男が立っていた。
恵より一回り大きな身体に、夕方のスーパーには似合わないほどの、一分の隙もないスーツ姿。
きちんと整えられた髪に、涼しげな目元。品のいい端整な面差しは男らしく且つ優雅で、まるでファッション誌からそのまま抜け出してきたかのようにも見える。
(この人――)
恵ははっと思い出した。
彼は、この数日、よく目にするようになったお客だ。
その格好のよさは際立っていて、店で働くアルバイトさんやパートさんたちだけでなく、お客さんたちまで「あの格好のいい人」と噂しているような人だ。
恵はと言えば、その格好のよさを認めつつも、同じ男としてやや複雑な思いもあったのだが……。
まさかその彼がここにいるとは。
「あ、あの」
みっともないところを見られたことが、やけに恥ずかしい。何か言わなければと思うものの、恵が混乱していると、
「いい加減にしたらどうだ」
恵が口を開くより早く、スーツの彼は、恵を突き飛ばした初老の男性客に向けて言った。
声も、見た目を裏切らないいい声だ。高すぎず低すぎず、堂々としている上によく通る。
男も、その声に気圧されたのだろう。
さっきまでの態度の大きさや好戦的な様子はどこへやら。気まずそうに口籠もると、「なんだよ」とぼやくように言う。
すると彼は男を睨んだまま「なんだよじゃないだろう」と畳みかけた。
「謝ってるだろう。それをいつまでもしつこく言ってどうするんだ。取り替えると言ってるんだから、もうそれでいいだろう。それともタカリなのか」
「なっ――」
「違うなら、彼が取り替えてくれる新しいものを持って帰ればいい。端で見ていて不快だ」
「……」
そしてあくまで毅然とした声音で言うと、じっと男を見つめる。すると、男は顔を顰め、「わかったよ」とぼやくように言った。
「新しいので我慢してやりゃいいんだろ!? わかったよ!」
そして開き直るように言うと、斉藤さんが持ってきていた新しいキュウリをひったくり、舌打ちしながら店を出て行く。
後味は悪いが、なんとか収拾がついたようだ。
恵ははーっと安堵の息をつく。だが直後、まだスーツの男に身体を支えられたままだったことに気づき、慌てて身を離した。
「す――すみません」
謝ったが、男は眉を寄せたままだ。整った顔立ちのせいか、そうしていると近づきがたいような気配を感じる。
思わず身を竦ませかけたとき、男は顔を顰めたまま、今度は恵に向いて言った。
「それからきみも、もっと毅然とした態度の方がいい。見た目がそれなんだから、なおさらだ」
「!」
思ってもいなかった言葉に、絶句する。
確かにそれはその通りかもしれないが、どうして初対面のこの男に言われなければならないのか。
「み、見た目ってどういう――」
思わず言い返すと、男はやれやれというような表情を浮かべた。
「そんなことぐらい自分でわかるだろう。とにかく、ああいう奴につけ込まれる弱みは見せないことだ」
そして諭すように言うと、恵が言い返すより早く、「もっとしっかりしたまえ」と言い残して去って行く。
「な……」
(……なんだよあいつ……!)
助けてくれた彼の名前も聞いていないと恵が気づいたのは、その背中がもう見えなくなってしまってからだった。