立ち読みコーナー
目次
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ふんわりフラワー  ……7
あとがき      ……264
「店を閉めてしまったら…」
 尚人が顔を歪めて唇をかんだ。みるみるうちに、瞳に涙が溜まってくる。
 ぽたっ、と尚人のジーンズに染みがついた。
「浅倉君…」
 尚人の頬を、きらきらと光る涙が伝う。宝石のようなそれを苅谷が指先でそっと拭うと、尚人は慌てて手の甲でぐりぐりと目元を擦った。擦っても擦っても零れてくる。
 苅谷のポケットの携帯電話が震えていた。
 こんな時に電話なんて出てられるか!
 苅谷は無視した。仕事の依頼だろうがなんだろうが、どうでもよかった。
「ごめんなさい。なんか俺、いつにも増してみっともないや」
「そんなことないよ」
「苅谷さん…」
 涙に濡れた瞳で見上げられ、苅谷は思わず尚人を腕の中に収めていた。
「かっ、苅谷さん」
「泣いちゃえ泣いちゃえ」
 冗談ぽく言うと、尚人は鼻を啜りながら笑った。
 抱きしめた尚人は想像していたよりも華奢で、柔らかな花弁に触れる時以上に気を遣い、そっと抱きしめた。
「話せば楽になれるかもしれない。俺でよかったら、いくらでも聞くから」
 背中をゆっくりと撫でると、尚人の身体から力が抜けた。
 もっときつく抱きしめ、口づけたい衝動に駆られる。
 ここで好きだと打ち明けたら、尚人はどう答えるだろう。気弱になった尚人は、優しくすればすぐに落ちるかもしれない。
 信頼し、安心して身を委ねてくれた尚人に、邪な感情が首をもたげる。
 傍にいるだけでいい、力になれるだけでいいと思っていたのに、尚人を抱きたい欲望が湧いてくる。
「両親が日本で暮らすことは、もうないんだってはっきりしてるのに、俺…」
 だが、傷ついている尚人に、追い打ちをかけるようなことはしたくない。
 苅谷は衝動を抑え込んだ。
「兄も違う仕事に就いて、結婚して他県で暮らしてます。兄はそんなにバルーンが好きじゃなかったみたいで…。俺の我儘で、兄には無駄な時間を使わせちゃった」
 兄がいなくなり、尚人はひとりで挫けまいと足を踏ん張ってきたのだろう。健気な尚人が愛おしくて、柔らかな髪に口づけたくなる。
「お兄さんはそんなふうには思ってないよ」
「そうかな」
「ああ。君が独り立ちするまで傍にいてくれたんだろ?」
 尚人は苅谷の胸で頷いた。
「目標に向かって努力する姿を見ていたから、きっと手助けしたいと思ったんだよ。それは犠牲でもなんでもなくて、君への愛情から来るものさ」
 苅谷はそっと尚人の髪を撫でた。
 触れてはいけないと自分を律しても、無意識に手が伸びてしまう。
 髪だけなら。ちょっとだけなら…。
 少しは恩恵がないと、きりきりと引き絞られた理性が今にもちぎれそうだ。