立ち読みコーナー
目次
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悪魔が恋のキューピッド  ……7
あとがき         ……222
「国高(くにこう)?」
 国立高校なら一緒じゃないか。そう言おうとして僕は、神谷が待ち合わせ場所で見せてくれた城田のプロフィールを思い出した。
 確か彼と僕は同い年なのだ。大学は一橋と書いてあったが、高校名が書いていないので同級生とは知らなかった。
 国高は三年間クラス替えがないので、同級生といっても顔も知らない生徒はたくさんいる。
 とはいえ、こんなハンサムなら話題にもなっただろうに、とまじまじと顔を見やる。
「あの……」
 ますます城田の眼差しに期待感が高まったのがわかった。頬が紅潮し、目が潤んできらきらと輝いている。
 いやー、いい男だわ。僕が女なら確実に恋に落ちるレベル。そう思いながら僕は、自分も国高出身だと明かすことにした。
「偶然ですね。僕も国高だったんです。確か同級生ですよね?」
「…………っ」
 ここで城田が息を呑む。
「?」
 この沈黙は、と戸惑いを覚えていたところにちょうどいい――んだか悪いんだかわからないが――タイミングで神谷がコーヒーを盆に載せ登場した。
「お待たせしました。速水君、サインは終わったかい?」
「あ、すみません。これからです」
 僕は慌ててペンのキャップを取ると、
「お名前、入れますね」
 と城田を見た。
「あ、はい」
 城田がはっとした顔になり、頷く。
「?」
 なんだか急に元気がなくなった気がする。そう思いながらも僕は『城田典嗣様』という彼の名を記したあとに、サインとは名ばかりの、自分の名を縦書きに書いた。
 日付を入れ、もう一冊、と、また『城田典嗣様』と書いたときに、あれ? と既視感を覚えた。
 この名前。なんだか馴染みがある。
 マスコミで散々見聞きした名前ではあるが、実際こうして自分の手で書くと、なんだか前にもこの名前を書いたような気がしてきたのだ。
 サイン会――なんて今までやってもらったことない上に、サイン会どころか直接読者からサインを求められたことなど一回もないので、当然そんな場ではない。
 となると? いつだ? と考え込みそうになっていた僕は、神谷が会話を始めたのに現実へと引き戻された。
「しかし城田先生が速水君の……失礼、速水先生の読者でいらしたとは。驚きましたよ」
「読者……というより、熱烈なファンなんです」
 コーヒーの礼を神谷に言いながら、城田が僕に熱い眼差しを向けてくる。
「あ、ありがとうございます」
 本、どうぞ、と二冊を重ねて渡すと、城田はそれを胸に抱かんばかりにして喜んでくれた。
「こちらこそ、本当にありがとうございます。この二冊はもう、僕の宝物です」
「いや、それほどでも……」
 僕が謙遜するならまだわかる。が、この言葉を告げたのは神谷だった。
「…………」
 酷いじゃないか、とつい恨みがましい視線を向けてしまうと、神谷はしまった、という顔になり、許せ、と目で謝ってきた。
「トリックにせよ、人物描写にせよ、これほどの名作はないと思います。三冊目を楽しみにしているのですが、いつ頃出版されるのでしょう」
 きらきらと目を輝かせ、尋ねる城田を前に、神谷は困り果てた顔になった。
「あの、ですね。その三冊目がその……」
 と、ここで、彼は思いついたらしい。
「三冊目は城田先生のご活躍をノベライズしたものとなります」
「残念。速水先生の新作を楽しみにしていたのですが」
 城田を喜ばせようとして告げただろうに、当の城田は心底がっかりした様子で肩を落としてしまった。
「あ、いや、ですから、その……」
 なんとかフォローを、と神谷が僕に目配せする。
「ノ、ノベライズってやったことがないので、とても楽しみです。先生のご活躍を一人でも多くの読者に知ってもらえるよう、頑張ります」
 フォローなんてどうすりゃいいんだ、と思いながらも、喜ばれそうな言葉を選んで口にする。と、僕の狙いはめでたく当たったようで、城田は嬉しげな顔になり、僕に手を差し伸べてきた。
「速水先生とのコラボレーションですね。嬉しいです。あなたとの共同作業をこうも早いタイミングで実現することができて」
「はあ……?」
 共同作業だなんて、知り合いの結婚式で見たウエディングケーキの入刀のとき以外、初めて聞いたぞ。そう思いながら僕は、本当に嬉しそうにしている彼の手を、握手ということだろうな、と握り締めた。
「よろしくお願いします」
 ぎゅうっと手を、しかも両手で握られ、熱く言葉をかけられる。
「こ、こちらこそ」
 勢いに呑まれるというかなんというか。リアクションに困り僕は愛想笑いを返しつつ、痛いほどに握られた自分の手を見やった。
「それではノベライズの件は速水君で……失礼、速水先生でご了承いただけたと」
 何度も言い間違えるなよ、と内心突っ込みながら僕は、神谷が僕以上の愛想笑いを浮かべ城田に問いかけるのをちらと見やった。
「勿論です。逆に速水先生でなければお受けしません」
 きっぱりと断言した城田が、言葉の強さそのままにまた、僕の手をぎゅっと握る。
 痛いんですけど。声に出したわけではなかったが、顔には出てしまったのか、城田が慌てて僕の手を離した。
「し、失礼しました」
「いえ……」
 紅い顔で謝る。そんな表情もやたらとセクシーだ。