立ち読みコーナー
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ヤクザ、集団感染  ……7
あとがき      ……249
「そうじゃない。風呂の時間だ」
 ああ、そうか、と思いだした。
「呼ばれたのか」
 病棟に浴場はひとつのみで、曜日によって男女の入浴時間が異なる。昨日は入れなかったので、今日は入っておきたい。
「部屋ごとに順番って話だったか」
「ああ。俺はもう入ってきた」
「え」
 自分のベッドへ戻る剣持の髪へ目をやると濡れている。言葉どおり、先に入ってしまったらしい。
「あんたな。のんびりしてると最後の人が入れなくなるから、部屋ごとにいちどに入れって昨日言われただろ。入る前に起こせよ」
「しかたがないだろう。あんたといっしょに入ったりしたら……や、なんでもない」
「あん? 俺とは風呂にも入れねえってか」
 勝手なやつだなと文句を言いながら椿は入浴の支度をし、浴場へむかった。浴場は昔温泉治療をしていた頃のなごりだとかで、銭湯ほどではないが広い造りである。そこをひとりで贅沢に使い、しっかり温まってから部屋へ戻ると、椅子にすわって湯飲みの茶をすすっていた剣持が、さりげなくこちらから目をそらした。
 椿は気にせず自分のテリトリーへ戻ると、脱衣所で着込んだパジャマを脱ぎはじめた。どうも温まりすぎたようで、汗ばんでいた。パジャマが肌に張りついて不快だし、暑い。汗が引くまで脱いでいようとパンツ一枚になり、それからタオルを持って洗面台へむかった。室内にちいさな洗面台があるのだが、それは剣持のテリトリーのほうにある。なにも考えずに歩いていったら、ふと顔をあげた彼が、椿の姿を見てブッと茶を吹きだした。
「っ、椿さ……っ」
「風呂あがりで暑いんだよ。お互い、多少の妥協は必要だろ。ちょっとくらい目をつむれよ」
「目をつむれ、だと……?」
 剣持が手にしていた湯飲みをテーブルへ置き、ゆらりと立ちあがった。
「そんなことは……、無理、だ」
 いつもより一段と低い声。
 見あげると、燃えるようなまなざしに見おろされていた。
 あの、まなざしだ。
 その瞳の奥にはこれまで見たことがないほど葛籘が渦巻き、くるおしい情熱と色気が迸っていた。
 緊張し、立ち尽くす椿に、剣持が一歩近づく。
「その……髪も……いつものオールバックじゃなくて、前髪おろしててエロ、じゃなくてかわい、じゃなくてエロかわ、じゃなくて……っ、と、とにかく、そうやって挑発するな」
「挑発って、いくらなんでも、あんたを怒らせるためにわざとやってるわけじゃねえぞ」
 風呂あがりなのだから、髪型まで文句をつけることはないだろうと椿はむっとした。パンツ一枚はさすがにだらしなかったかとは思うが、廊下に出ようとしたわけでもなし、そこまで怒らなくたっていいじゃないか。
 剣持のまなざしに怖じ気づいていると思われたくなくて、ぐっと睨み返す。
「悪いが、俺はそんなお上品なお育ちじゃねえんだよ」
 下から掬いあげるように見あげると、剣持のまなざしが揺れた。
「そんな目つきを、しないでくれ……」 
 そんな目つきって、どんなだ。そっちこそ、そのまなざしはやめてくれと言いたい。見つめていると、息が苦しくなる。なぜか耳が熱くなる。
 剣持の、怒りを耐えるように握りしめられたこぶしが、わなわなと震えだした。
「もう……、だめだ……!」
 さらに一歩、近づかれる。
 胸ぐらをつかまれると予想して椿は身がまえた。が、予想ははずれ、腕をつかまれた。そして腕を引っ張られて奥の椿のテリトリーへ連れられ、そのとちゅうでカーテンを引かれ、乱暴にベッドに押し倒される。
 すぐさま馬乗りにのしかかられた。
「てめ」
 殴られると思った。しかし、そうではなかった。
「あ? なに……ちょっ」
 あれよというまに下着をおろされた。
「なな、なにすんだっ」