立ち読みコーナー
目次
290ページ
落椿      ……7
青時雨     ……255
あとがき    ……284
(62ページ)
「や……やめろっ」
 制止の声も虚しく、晴矢は父の形見であるネクタイで両腕を背後でまとめられ、きつく拘束されてしまう。
 歯噛みする晴矢を冷めた瞳で睨(ね)めつけながら、橘はベルトのバックルを外しにかかった。
「橘……、馬鹿っ、冗談はよせ……っ」
 咄嗟(とつさ)に身を捩(よじ)っても、間に合わない。
 橘はその風貌とは不釣り合いな器用な手つきで素早くベルトを引き抜き、スラックスをずり下げた。
 下着ごと一気に膝下まで剥(む)かれ、冬の冷気に鳥肌が立つ。
「――ッ!」
 常軌を逸した橘の行動に、晴矢は声もなく瞠目した。
 馬乗りになって優位を見せつける橘が、ただただ恐ろしい。
「この浅ましい躯を鎮めるのに、朝まで自分で弄っていたくせに」
 外気に触れる白い内腿を、大きな掌がそろりと撫でる。寒さと恐怖から、ペニスがきゅっと縮んだ。
「ど……うして……?」
 不安と迷いを打ち消すために、夜通し橘を想って自慰に耽った。橘に知られていたのだと思うと、全身が羞恥(しゆうち)に熱くなる。
「『どうして?』……ふん、笑わせるな。ガキの頃から男を狂わせ、快楽に飢え続けてきた躯が、オナニーもせずに我慢できるわけがないだろう?」
 これまで一度として、橘が晴矢の醜く浅ましい性について批判めいた言葉を口にしたことはない。
 だが、橘はずっと、自分のことを蔑みの目で見ていたのだと思い知る。
 それを都合よく「見守ってくれている」などと解釈していた自分が、晴矢は情けなくて堪らない。橘が愛想を尽かしても当然だと思った。
 立て続けに突きつけられるおよそ知りたくもない現実に、晴矢は恐怖よりも後悔と自虐の想いを強くする。
 何もかも、自分のせいなのだ――。
 大久保組が解散の末路をたどろうとしているのも、橘が嘲りの言葉を吐きかけるのも、すべてこの忌わしい性を持って生まれた自分の責任だ。
「まったく……俺がどんな想いで、お前を守ってきたと思っているんだ」
 責め苛む橘の言葉が、晴矢の胸をズタズタに斬り裂く。
「本当は、もうずっと男に抱かれたくて、仕方なかったんだろう?」
「な……っ」
 自分なりに橘の期待に応えようと努力してきたつもりだったのに、そんな素直な気持ちまで否定されたようで悲しかった。
「客を満足させる手管を、俺が仕込んでやると言ってるんだ。趣味と実益を兼ねられて一石二鳥じゃないか」
 晴矢は何も答えられなかった。
 この淫乱な性を罵(ののし)られたことよりも、よりによって橘の手で『商品』に仕立て上げられようとしていることが、悲しくて仕方がない。
 抱かれたいと願い続けてきたが、それは橘にも同じ想いで触れて欲しいということだ。決して組のためや躾(しつけ)のため、売り物に仕立て上げるために抱かれたいわけではない。
「心配しなくても、大切な組長を傷つけたりはしない」
 抑揚のない声と同時に、膝頭を掴まれた。
「あ」
 悲しみと恐怖と絶望に強張った躯を、橘は難なく自由に操る。
 大きな手で膝を開かされたかと思うと、すかさず橘が右手を晴矢の股間へと伸ばした。縮み上がったペニスを躊躇いなく握り、やわやわと揉(も)み始める。
「や、やめろっ……! 放せ……橘っ」
 上擦る声を、橘が聞き入れてくれるはずはない。それでも晴矢は叫ばずにいられなかった。
「いやだっ……こ、こんな……っ」
 心は虚しさに凍えているというのに、橘に握り込まれ愛撫(あいぶ)を繰り返されるペニスは、晴矢の意思に反して熱と快感を全身へと伝え始める。
「さすが、見境なく男を狂わせるだけのことはある。ほら……もうガチガチだ」
 誰よりも強い信頼を寄せ、甘く切ない恋情を抱いていた橘の思いもしなかった仕打ちに、いつしか晴矢は知らず涙を流していた。
「泣くほど、いいのか?」
「あっ……あぁ、……ぃや、違う……っ」
 首を小さく左右に振ると、しとどに濡れた恥知らずな鈴口を、橘の指にツルッと撫でられた。
「ひぁ……っ!」
 甘い刺激に、晴矢は堪らず甲高い嬌声(きようせい)をあげた。
 途端に全身を覆っていた肌寒いような虚しさが消え失せ、ほんの欠片(かけら)ばかり残っていた理性が砕け散る。
 ボロ雑巾(ぞうきん)のように傷ついた心とは裏腹に、躯は貪欲(どんよく)に快楽を追い求め暴走する。
「や、あぁ……っん……ふぁ……っ」
 先端だけへの愛撫はもどかしいばかりで、晴矢は無意識に腰を揺らした。
「寝不足になるほど弄りまくったくせに、まだ足りないのか?」