立ち読みコーナー
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「俺は、島田だ。島田仁」
 律儀に名前を教えられて、巴はぼんやりと男を見上げた。
 どろどろに蕩けてしまったような頭では、羞恥や困惑といったまともな感情さえ紡ぐことができない。
 巴の頼りなく揺れる背中を抱いた男の一方の手が、痛いほど昂った性器をやさしく扱いてくれている。全身が、満たされたいとただその感覚だけを追い、巴が知らなかった恐ろしく淫らな反応を示し始めた。
「……っ、ふっ」
「声は堪えなくていい。誰も来ないから、好きなだけ泣け」
 あやすように囁かれて、強張っていたはずの手足から力が抜けていく。
 このまま島田という男の腕の中で絞め殺されてもおかしくはない現況なのに、快楽に負けて、恐怖や逃げようという意識すら湧いてこない。
 何より、耳朶に直接触れている島田の声音は、やさしすぎた。それが、誰かに甘やかされることに慣れない巴を、ひどく気弱にさせる。
 微かな喘ぎ声が、いつの間にか潤んだ唇からこぼれていた。
「あっ、あ、ああ……っ、う……」
 あまり好きにはなれなかったけれど、興味本位に予備校仲間と何度かAVを見たことがある。その時には、女優の嬌声に演技めいたものを感じて興ざめした。
 けれど、自分自身の上げているそれを、なんだか女の子のものみたいだと思い、島田が呆れてはいないかとふいに気になって、整ったおもてを窺った。
「どうした?」
 頼りなく見上げる視線に気づいたように訊かれ、細い首をそっと左右に振った。
 男の表情からは、軽蔑されているようには見えない。それに、しどけない姿にそそられる欲情の兆しすらなかった。
 その薄茶の虹彩に映るのは、ドラッグに侵された巴への気遣いばかりで、助けられているのだとうっかり勘違いしそうになる。
(でも……)
 巴を車に乗せ、ここへ連れてくるまでの間も、島田の態度は素っ気ないものの、決して乱暴ではなかった。むしろ、歩くこともできない巴を抱き取ってくれた腕は、傷ついた相手への労りに満ちていた。
 ダニーたちにレイプされかけ、怯えきった敏感な肌で、直に感じたからこそ、男の真意を間違っているとは思えない。
 だとしても、正竜会が密売グループを襲った現場に、巴は居合わせていた。このまま何事もなく家に帰してもらえるはずもない。ここで殺されるか、それとも……。
「あっ、ああ――っ、あ――っ……」
 白いシーツをまとった両脚がびくびくと痙攣し、自慰くらいでは感じたこともなかった凄まじい熱に連れ去られ、男の丁寧に動く長い指を濡らしていた。
 息もつけないほどの衝撃に引き攣った巴の背中を、静かな手つきがなだめるように撫でてくれている。
 カクンと弛緩して、おぼつかない仕種で、シャツ一枚の男の袖へ助けを求めるようにしがみついた。
「はっ、はぁ……っ、あんっ……」
 普通なら一回達してしまえば、ある程度の熱は消えるはずなのに、じりじりと灼ける先端の感触は、まったく去っていない。巴に免疫がないだけでなく、イチゴジュースの効果は、ドロップよりも強いのかもしれない。
「まだ、つらそうだな」
 島田はあくまでも冷ややかに、巴の痴態を見守っていた。恥ずかしいというよりも、そうして見られていることが無性につらくなってくる。
 もう嫌だと言いたかった。それなのに、ぬるついた掌に再び性器を包み込まれると、かえってそれをせがむみたいに勝手にいやしい腰が蠢いた。
 ドラッグで異常に掻き立てられた生身の欲求の前には、どんな自制心も及ばない。
 巴は昔から、「きれいな子」だと言われてきた。しょっちゅうストーカーまがいの連中に追いまわされ、女には不自由していないはずの秋庭さえ、巴には熱心に求愛を繰り返した。ダニーたちのように、いきなり欲望を押しつけてくる者もいる。
 相手が男であれ女であれ、自分が人の劣情を刺激する存在であるということは、巴も認めていた。女の子じゃなくても、そういう使い道もあるのだろう。
 正竜会に殺されはしなくとも、犯され、爛れた欲望を受け止める性の玩具にされる可能性だって考えられた。
 それならば、島田がこうして巴に触れてくることも、男のやさしさばかりではないのかもしれない。
 だとしても、今の巴には、この行為を拒むことはできない、何よりも、熱く濡れていく自身の体が、どうしようもなく男の手を求めていた。
「うっ、ふっ……はっ、はぁっ、あっ、ああっ、あ――……」
 巧みな男の掌の中で、二度、三度と立て続けに極みを迎えさせられ、シーツを汚しながら、巴は広い背中に汗ばんだ両腕をまわした。