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「……ちがわない」
今度は低い声で囁かれた。
「あなたが、受け入れてくれた麗美は、わたしです……」
伸びて来た手に、そっと頬を包まれる。びくりと躯が勝手に震えた。
「キス…させてください。そしたら、あなたにもわかる。麗美とわたしが、同じだと」
「や、やめろ! い、言ったろ、俺には真由美が……」
「ああ、それ」
ツン、とほんのわずか、秋葉の鼻が上を向いた。その瞬間だけ、プライド高い夜の蝶の顔が、サラリーマンである秋葉からのぞいて見えた。
「どのみち、わたしはホステスでしたから。遊ばれたにしろ遊んだにしろ、女子中学生のように騒ぐのもおかしいじゃないですか。その上、わたしは男ですから。結婚なんて道は最初からないんです。それなら、あなたが誰とどうつきあっていようと、わたしはわたしで好きな人を一途に追い求めればいいんです」
要は開き直ったということか。
俊樹にとってはありがたくない秋葉の腹の据え方だった。
「小川さん、好きです」
秋葉が運転席へと身を乗り出してくる。いくら身を縮めても助手席から運転席へと膝をついて乗り出されては逃げ場がなかった。
両頬を包まれて仰向かされる。
「やめ……っ」
両手でガードするより早く、唇が重ねられた。
あたたかく柔らかい感触は、確かにあの夜、俊樹を酔わせたものと同じだ。
「んんっ……!」
激しく吸われる。
俊樹はきつく眉根を寄せた。
これは秋葉だ。自分に言い聞かせる。しかし、この唇も舌も、俊樹には覚えがあった。
かすかにコーラの味が残る舌が、俊樹の口中で踊る。俊樹の舌を絡め寄せ、ねっとりと舐め回す。
「……ふ……」
口蓋を舌先でちろちろとくすぐられる頃には、官能の痺れが背中を走っていた。
手を股間に押し当てられる。
――あの夜をもっと思い出せと言うように。
……そうだ、この手だった。
俊樹の肌を愛しむようにまさぐり、全身を愛撫したのは。
記憶が溢れてくる。
そう……あの夜、淫らな音を立て、熱心に俊樹のペニスを愛撫したのは、今重ねられているこの唇だった。狂おしく俊樹を抱き締めたのはこの手だった。
乱れた息を互いの口元にこぼし合い、唇の上で唾液を舐め合った一夜。好きだと告げ合って……。
「好き、好きです、小川さん……」