立ち読みコーナー
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「キス、とか?」
「ん?」
「いつも酔うと……。俺にするじゃないですか。覚えていないと思うけど、母さんの名前を呼びながら」
「……っ」
 弦馬は動揺した表情になる。
 ――あれ?
 頭はぼんやりしているが、ふいに違和感が湧いてきた。なぜだろう。自分はなにか気がついているのだと思うけれども、頭の中にもやがかかったかのように、いろいろなことがはっきりしていない。
 弦馬の顔が、どんどん近づいてくる。こんなに近くで見ても、本当に綺麗な顔立ちをした男だった。
「……酔うと、か」
 囁くように呟いた弦馬の顔が、ふいに近くなる。
「俺もたいがい、卑怯者だよな」
 ――え……?
 和依は目を見開いた。近くなる、どころか近すぎる。呼吸を感じられるほど傍に
、弦馬はいた。
「……っ」
 思わず息をのんだ和依の上に、弦馬は深く覆い被さってきた。全身で、和依を押さえつけるように。
 くちびるが、触れる。
「……う……っ、く……ん…」
 ――熱い……!
 触れたくちびるには、まるで痺れるほどの熱がこもっていた。体温は、いつもよりずっと高いように感じられた。
 アルコールのせいで鈍くなった頭が、衝撃のあまり一気にすっきりする。そのせいか、先ほどの彼に抱いた違和感の理由に気づいた。
 ――弦馬さん、もしかして俺にキスしていたこと、覚えていた?
 酔った上だから、記憶にないだろうと思っていた。自覚があって、していることではないと。
 でも、本当は……?
 なぜと問おうとしても、それはできない。くちびるは、いまだ奪われたままだ。それどころか、弦馬は和依の口腔へ入りこもうとしていた。いつもなら、そろそろ「彩波」と言うくせに。熱ある夢うつつの時間を、終わらせるくせに……。