立ち読みコーナー
目次
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ラブ、エトセトラ。
「愛してる」をもう一度
真夜中の恋愛論
 あとがき
 じわじわと肉に、血に、細胞にしみ入る甘いモルヒネ。その酩酊《めいてい》を破ったのは、骨張った指だった。背中を押さえていたそれが、下方へずれる。上から降りていた痺れが、その指の動きで止まった。
 刺すような痛みが走り、腰のあたりに熱いうねりとなって広がる。俺は確かに、反応していた。だが、それがかえって、意識を覚醒《かくせい》させた。
「は…なし――」
 目を開け、元浦の身体《からだ》を押し戻した。俺はそのまま二、三歩、あとずさる。
 突然の拒絶の理由が、彼にはわからないようだった。ただ黙って俺を見つめ返し、肩で息をしていた。
 俺には、なぜこうなったのかがわからなかった。一度冷静になると、元浦の唇に応《こた》えてしまったことへの羞恥《しゅうち》が押し寄せる。とにかく、この場から逃げ出したかった。
 足を動かす。ふらついたが、動いた。路地を出て、大通りを目指す。逃げよう、と思うと恐怖がつのった。転びそうになりながら、俺は必死に走った。
 大通りに出ると、手を上げてタクシーを停めた。乗り込み、ドアが閉まるのを確認してから、初めて振り返った。人影は、見えなかった。
「お客さん、どちらまで?」
 運転手が聞いた。
「え? ああ、F駅まで」
 タクシーが走り出す。何も言わず、何も聞かず、彼を置き去りにしたという罪悪感が、夜の街を流れるオレンジ色の明かりのように現れては消えた。

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