立ち読みコーナー
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 ヤクザから貞操をしつこく狙われています
  あとがき
「亮」
「お前は黙ってろ」
 玉城さんを見おろす顔は、オレが普段接している亮とはまったく別人の顔で……。
「少しって、どれくらいです? 比呂はカタギの学生だ。ヤクザの口約束に踊らされて、生活を壊させるわけにはいかないんです」
 驚いた。亮が言った言葉に。
 冷静なところがあるとは思っていたけれど、こんな状況で……玉城さんみたいな人を相手に強気に出られるほどだとは思っていなかった。
「ほんの数日でかまいません。柏木は……」
「数日って何日ですか。二、三日? たったそれだけの日数でまた心変わりする人間を信じろと言うんですか」
「心は変わっておりません。柏木の心は最初に定まったときから動いておりません」
 やけにはっきりと言い切る玉城さんは、さらに深く頭を下げる。
「今更です。欲しいと望んで手に入れたものを、今更手放すことなんてできるはずがないんです」
「どうして」
 オレが漏らした言葉に玉城さんがゆっくり顔を上げる。
「どうしてそんなことが言い切れるんですか」
 あれだけ愛してると言っておきながら、手を放した。信じたいと思ったのに迎えに来てくれなかった。自信たっぷりに言い切る玉城さんは柏木の何を知っているんだろう。
「柏木が欲しいと言うのは二度めですから」
 二度め?
「他にも誰かいたんですか」
 オレの問いかけに玉城さんは首を横に振った。
「一度めは常盤の跡目です」
 常盤会の跡目。
 ヤクザの世界でトップだという、その跡継ぎの地位。そんな大きなものを引き合いに出されてじわりと汗がにじんだ。
「柏木の今までの人生はそれだけだったんです。それ以外に柏木が求めたのはあなただけだ」
 鼓動が速くなる。
 玉城さんの言葉が柏木の言葉みたいに聞こえて。
 ふらりと体が前に出そうになるのを止めたのは亮だった。
「冗談じゃない。本気を見せてもらわなきゃ困るんです」
「亮」
「柏木さんが本気なら今、ここにいるはずでしょう。そもそも比呂がひとりでここにいることがおかしいんです」
 ああ、そうだ。
 今の言葉は玉城さんのもので、柏木が本当に言ったわけじゃない。
 それに気づいて頭の奥が冷静になる。
「ですから、ほんの少しの時間でいいんです」
「話にならない。すぐ、数日、少し……そんな曖昧な時間で区切られて、またそれが過ぎれば同じように土下座でもする気ですか」
 玉城さんはほんの少しだけ眉を寄せたように見えた。亮の言葉にははっきり棘がある。亮がその世界でどれくらいの力があるのかはわからないけれど、きっと柏木の側近である玉城さんより上なんてことはないはずだ。
 これ以上亮に言わせるのはまずいかもしれない。玉城さんが怒ってしまったら亮の家にだって迷惑をかける。
「亮」
 もういいから、と続けようとしたとき玉城さんが声を上げた。
「では三日……いえ、二日でかまいません」
 期限を切ったのは亮に怒っていないということだろう。
 少しホッとした。玉城さんは小さな目を細めていて、ちょっと楽しそうにさえ見える。
「二日、ですか」
「ええ。二日です。明後日まで柏木が動かなければ、私は比呂さんの味方になりましょう」
 はっきりと言い切った玉城さんに亮は溜息を返す。
「その言い方は卑怯じゃないですか」
 また棘を出してきた。せっかく玉城さんが譲歩してくれてるのに。
「比呂の味方になるということが必ずしも柏木さんの敵になるということじゃない。約束してください。柏木さんを比呂に近づけないと」
 あ。
 そうか。
 玉城さんはオレを逃がしてくれるとは一言も言っていない。オレの味方になる、ということはオレが望めば柏木のそばに連れていくということで、そう仮定してみれば約束なんてあってないようなものだ。
「しかし、私では柏木を完全に止めることは……」
「したくないんですね?」
 できないと言わずに言葉を濁した玉城さんに亮は切りつけるような言葉を投げる。
「だったら玉城さん、オレたちとゲームしましょうか?」
 亮は低い声でそう切り出した。