立ち読みコーナー
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嫁はだれだ ~あやかし癒し・弐~  9
嫁とデェト             185
あとがき              222
「誰だ、おまえ」
 冷淡な切り返しにギョッとしたのは若葉だけでなく、当の美少女も目を瞠る。
 一瞬、泣き出すのかと思うほど頼りなさげな顔をして……キュッと唇を噛み、龍に一歩、二歩と近づく。
「忘れたのかっ? 八十年ほど前、そろそろ人型を得られそうだと伝えに来たのに……白珠だと名乗っても、思い出してくれぬか」
 懸命な眼差しで龍を見上げる美少女は、実に健気だ。
 傍観している若葉は、「ん? 八十年前?」と桜色の唇から出た発言に首を捻り、天井付近へと視線を泳がせた。
 予想はついていたけれど、やはり人間ではないのか。見事に人の姿へと化けているので、元はなにか……若葉には推測できないが。
 しばらく無言で、ジッと白珠と名乗った美少女を見下ろしていた龍だが、ようやく口を開いた。
「白珠……? あー……なんか、ぼんやり思い出したぞ。そういや、三百年ほど前にチビを拾った記憶が……。八十年前のことは思い出せねーけど」
「思い出したか? わたしを、嫁にしてくれるのではなかったのか! それが、なんだ……この、小汚い子猿は!」
 とびきりの美少女に「小汚い子猿」と言いながら指差された若葉は、眉をひそめて唇の端を引き攣らせる。
「こ、小汚い子猿……」
 白珠の「嫁はわたし」宣言にも驚いたが、桜色の唇から言い放たれた容赦ない台詞にもビックリだ。
 とてつもない美少女に、汚い子猿呼ばわりをされるとは……怒りよりも、精神的なダメージが大きい。
 唖然とする若葉に代わり、龍が口を開いた。
「小汚いだと? 若葉は確かに子猿のようだが、そこが愛らしいだろう」
「フ……フォローになってねぇ」
 愛らしいと言われても、子猿のようという一言は余計だ。だいたい、『愛らしい』自体が褒め言葉になっていない。
 白珠は、若葉の零した龍へのツッコミを完全に無視して、言葉を続ける。
「わたしが、この子猿に劣ると言うのか。龍が、嫁になりたければ美人に育てと言うたのだ。誰もが、美しいと称賛する美貌を……」
 頼りなく震える声は、今にも泣き出しそうだ。言葉を切った白珠にキッと睨みつけられて、若葉は反射的に身を硬くした。
「ようやっと、嫁入りにふさわしい年頃になったのだ。龍の嫁はわたしだ! 子猿などには負けぬ」
 これは、ライバル宣言……いや、宣戦布告というやつか。
 あからさまな敵愾心を向けられて唖然としていた若葉だったが、ふと我に返って自分の顔の前で手を振った。
「あー……うん。どーぞ。龍の嫁の座は、熨斗をつけて譲り渡す」
「……若葉」
 あっさりと土俵を降りた若葉に、龍が険しい顔で名前を呼びかけてくる。
 そんなふうに凄まれたところで、怖くもなんともない。
「龍。子猿は離縁を承諾したぞ。さぁ、わたしと祝言を」
 若葉に対する態度とは、別人のように可愛らしく龍に笑いかけた白珠は、飛びつくようにして龍に身を寄せる。勢いよく抱きつかれて反射的に手が出たのか、龍の左手が白珠の背中を支えた。
 その瞬間、若葉の胸の真ん中に、なにかがチクリと刺さった……?