立ち読みコーナー
目次
330ページ
複合獣と銀の麗人    7
あとがき        325
111ページ~
「だけど、おまえはおまえだろう。決して、化け物なんかじゃない」
「では……これを見ても、そう言えるか?」
 陰になっている大木の向こう側から、バルドがゆっくり現れる。枯れ葉を踏んで、月の光に身を晒す場所まで来ると、自分の背後を振り返った。
「大きいだろう。獅子の身体に、サソリの尾を持つ複合獣だ。かつて魔道士が言っていたから間違いない」
 確かに影はバルドより何回りも大きかった。
 たてがみに、巨大な四肢、尻尾のあたりはなにか複雑なかたちをしている。
 アイヒがじっと影に視線を注いでいれば、バルドがわずかに肩をすくめた。
「満月の光を浴びると、これが生じる。これを見て、ひるまなかったのは親父殿くらいだった」
「そうか」
 アイヒは影から視線を外した。
「それでは、わたしがふたり目だな」
 バルドを見てそう言うと、相手は両眉を持ちあげた。
「そなた。これを見て、なんともないのか?」
「わたしはとうに鏡を見て知っている。影のそれは魔道士のしたことだ。おまえはおまえ、影は影。ただそれだけのことだろう?」
「俺は、俺?」
「ああ。おまえは騎士なのに、大工仕事がじょうずな男だ。たまに気の利いたこともできるが、たいていは力持ちが取り柄だな。あと、もう少し頻繁に服や身体を洗うといいぞ。その長靴も脂をつけて磨いてもらえ。そのなりでは、せっかくのいい男が台無しだ」
「アイヒ」
 硬い声音に、思わずアイヒは顎を引いた。
「なんだ。怒ったのか?」
 本当のことなのに、とアイヒは唇の端を曲げた。
「怒っていない。ただ、もう少しそっちに行ってもいいだろうか」
「ああ」
 まるで近づくのが怖いみたいに、バルドが一歩、また一歩と傍に来る。そうして、正面からアイヒを見つめ、両腕を伸ばしてきた。
「……っ?」
 バルドがまるで壊れものでも扱うように、アイヒをそっと抱きこんでくる。胸の中に収まって、アイヒは睫毛を上下させた。
「なにをしてる?」
「なにも。これ以上、なにもしない。だから、しばらくこのままでいさせてくれ」
 ほんのわずか、声が震えているように感じたのは、ただの気のせいなのだろうか。
 身長差があるために、バルドの顔は見えないけれど、胸の鼓動が速くなっているのがわかる。その脈動を感じていると、なんだかこちらの心臓まで落ち着かなくなり、どうしていいか困ってしまう。
「アイヒ……」
 深い声が銀色の髪を揺らす。とたん、胸がさらにどきどきしはじめて、頬まで熱くなってくるから、アイヒは進退極まった。
「アイヒ」
「そんな声で、わたしを呼ぶな」
 追い詰められて、アイヒは怒鳴る調子で言った。
「あと、もうちょっと強めに腕を回していい」
 バルドは言葉にしなかったが、戸惑っているのがわかる。
「足が……なぜか震えるんだ。だから」
 そこまで言わせるかと腹が立つ。少し置いて、バルドがかすかに笑ったのが知れたからなおさらだ。
「承知した」
 それでも、温かく強い腕に抱かれていると、安堵感がこみあげてくる。そうして、同時にわあっと叫び出したいような衝動も生まれてくるのだ。
「バルド」
「なんだ?」
「……なんでもない」