立ち読みコーナー
目次
274ページ
今宵とびきりのプリン召し上がれ
 ~ほろにがカラメルと甘い恋文を添えて~  7
あとがき                  272
190ページ~
「結婚して。悠歩」
 首筋に唇があてがわれる。けれど、そこには首筋を保護するためのチョーカーがつけられていて、径の唇を阻んでいた。
「なに冗談言って」
 体に回された径の手を軽く叩いて、茶化したように言う。
 突然のプロポーズに心臓が跳ねていた。
ドキドキと心臓がうるさく鳴る。
「冗談じゃない。本気」
真剣な声が背中に響く。この胸の鼓動は彼に背中から伝わっているだろう。
「……できるわけないでしょう」
「どうして。悠歩は俺のことが嫌い?」
「嫌いなわけない……でも」
「だったら好き?」
 無茶なことを聞く径に悠歩は曖昧な笑みを返す。
 好き、と自分の立場でははっきり言えない。いくら、どんなに好きでも。
「径……困らせないで。俺はオメガなんだよ。事務所が許すわけないじゃない。径はこれからどんどん活躍する人なのに、俺と結婚なんて足を引っ張るだけ─んっ」
 いきなり強引に顔を振り向けられ、唇を重ねられる。
「んっ……んんっ……ふ、う……」
 貪られるように口づけられて、悠歩は身じろぎすらできない。頬に触れる指の感触や、口内を蠢く舌に、体が蕩けてしまう。自分の体がまるで、さっき径が食べていたニョッキのチーズソースのように熱くとろとろとなってしまったかのようだった。
「……事務所は俺が説得する。だから、悠歩」
結婚して、といったん唇を離したのに、今度はその唇で耳たぶを食まれながら告げられる。
「径……径、お願い。離して」
「離さない。悠歩がうんって言ってくれるまで、離さない」
 流されたくない。流されてもいい。二つの感情が悠歩の中で交錯する。
 径が再び、チョーカーの上から唇をあてがった。そのときだった。
「──!」
どくん、と体全体が大きく脈打った。
 ─どうして。
 激しい体内の異変に、悠歩は目を瞠り、体を硬直させた。抑えきれない衝動が体の中から湧き起こってくる。
 ぞくぞくとした強い寒気を覚え、悠歩の体はぶるりと一度大きく震えた。
 だが次に訪れたのは、途方もない熱さ。
 がくがくと体が小刻みに揺れ、己の体が作り出す熱にどうしようもなく苦しくなる。
「……っ」
 径も悠歩になにが起こっているのか察したようだった。
 当たり前だ。
 きっと、今頃、悠歩の体から発しているとてつもなく甘い匂いを径は吸い込んでいる。
 香水瓶一瓶を床に叩きつけて割ったかのように、あっという間にこの部屋は悠歩から溢れ出しているフェロモンの匂いでいっぱいになっているだろう。
 ─どうして。発情期はまだのはず……。
 突発的に訪れた発情期に、悠歩の頭は混乱していた。
今月の発情期は来週の予定である。周期がほとんどずれたことのない悠歩には衝撃的なことだった。
「け……けい、離して。薬……くすり、取ってこなくちゃ」
 悠歩はしゃにむに径を振り払う。
 特効薬の入っている鞄は、ソファーの上だ。
 はあ、と熱い息を吐きながら、悠歩は径を押しのけて席を立った。
「……ぁ……っ」
 じゅん、と体の奥が濡れはじめるのがわかった。足に力が入らない。
 一歩足を踏み出すのも億劫で、ソファーまでの数メートルがひどく遠かった。だが、薬を打たないと大変なことになってしまう。
 目も当てられないほど淫乱な、オメガとしての本性が剥き出しになった自分を径の前にさらしてしまう。
 まだほんのわずか理性が残っているうちに、薬を─。
 悠歩は鞄に手を伸ばし、その中にある特効薬の入っているケースを引っ掴んだ─が。
「あっ」
 ケースは悠歩を追ってきた径に奪い取られ、放り投げられる。
「必要ない」