立ち読みコーナー
目次
274ページ
モブの恋はままならない     7
恋の嵐も日常茶飯事       177
あとがき            262
年下たちの恋愛相談       264
 午後の仕事を調整し、なんとか定時から三十分遅れで会社を出た征一は駅前でせんべいを買った。御堂はあまり甘いものを好まないように見えたし、せんべいは軽くて安いわりに、箱に入れれば見栄えがする。
 きっちりと包装されたせんべいを手に電車に乗り隣駅で降りる。御堂がくれた名刺の裏には地図もあり、それを頼りに夜道を行けばすぐに目当ての店を発見した。
『御堂モータース』と看板を掲げたその店が、バイク専門店であることは一目で知れた。
 道路に面した店の右手には広めの駐車場があり、ずらりと新品のバイクが並んでいる。クラシカルなデザインのスクーターから、御堂が乗っていたような大型のバイクまで、種類は様々扱っているようだ。
 店は一般住宅の一階を店舗として改装しているらしい。ガラス張りの店内から光が漏れ、店の中にもバイクが並んでいるのが見える。周囲は住宅街なので、店にだけスポットライトでも当たっているように明るかった。
 バイクどころか車の免許も持っていない征一は、若干気後れしつつ店に近づく。閉店三十分前だからか、店内には客はもちろん、店員の姿すらない。
 店の入り口は二つある。道路に面した自動扉と、駐車場に面した手動の引き戸。一応正面口らしき自動扉から中に入ると、店内に軽快な音楽が響いた。レジの奥の出入り口には暖簾(のれん)がかけられており、その向こうからどたどたと慌ただしい足音が近づいてくる。
「はい、おまちどお様……って、あれ?」
 長身を屈め、色褪せた暖簾をかき分けるようにして顔を出したのは御堂だ。
 征一の顔を見て目を丸くした御堂が、強面に嬉し気な笑みを浮かべる。
「アンタこの前の。本当に来てくれたのか」
 サンダルをつっかけて店に下りた御堂は大股で征一に近づくと、きちんと両足で立っている征一を見てほっとしたように笑った。
「あの後どうだった? 悪化しなかったか?」
 気遣うような表情で顔を覗き込まれ、たちまち征一は落ち着かない気分になった。
 他人に怪我の心配などされるのは本当に久しぶりだ。そんなことが妙に嬉しく、喜ぶ自分に戸惑って、ごまかすようにせんべいの入った袋を差し出した。
「おかげ様で。先日は本当に、ありがとうございました」
「わざわざいいって。土産まで用意してきたのか? なんもいらないって言ったのに」
 呆れたような顔をしつつも、御堂は素直に礼を言ってせんべいを受け取ってくれた。
 今日の御堂は濃紺のジャンパーにブラックジーンズを合わせている。前回見た派手な上着は、さすがに仕事中は着ないらしい。
 奇抜な上着を脱いでいるせいか、御堂は前回より男振りが上がっているように見えた。初対面では原色のジャンパーで相手を威嚇するガラの悪いヤンキーにしか見えなかったが、今はぐっと落ち着いた雰囲気だ。どっしりと構えた大きな体は安定感があり、体格だけでなく性格にも鷹揚さが窺える。
「せっかくだ、茶でも淹れてやろうか?」
 同じ男でも羨望を覚えるほどの立派な体躯と、男らしい顔立ちに見惚れて返事が遅れた。我に返り、征一は首を横に振る。
「いや、今日はバイクを見せてもらいに来たんだ」
「アンタが乗るのか?」
 意外そうな顔をする御堂に、征一はもう一度首を振った。
「僕の上司がバイクを探してる。まだ来ていないみたいだけど……」
「へぇ、どんなバイク? 大型か?」
「どうだろう……、でも女性だから、あまり大きいと扱い辛(づら)いんじゃないかな」
 御堂が乗っていたようなバイクは重量もあるだろうし、ひっくり返したら起こすのが大変そうだ。店内に並ぶ大型バイクを横目に、自分だって起こせるかわからないな、などと思っていたら、御堂が妙な顔でこちらを見ていることに気づいた。
 御堂は何か腑に落ちたような、それでいて少し肩透かしを食らったような顔だ。そんな顔をされる理由がわからず首を傾げると、急に御堂が身を屈めてきた。
 御堂の顔が間近に迫り、とっさに息を止めていた。
 硬直する征一を見下ろし、御堂が微かに笑う。太い眉に、筋の通った鼻。顎はがっしりとして、そこから続く首も逞しい。
 征一とは真逆で、優しい雰囲気は欠片もない。だが、笑みを含んだ御堂の目元は意外なほど甘やかで、目を逸らせなかった。
「なんだ、俺が忘れられなくて来てくれたわけじゃないのか」
 低く潜めた声で御堂が囁く。内容より、声の甘さに驚いた。体の芯に震えが走り、一拍遅れてその場から飛びのく。
「な、何?」
「こう見えて俺、結構男にモテるんだ。しかも自分をノンケだと思ってる奴ほどふらふらっと来るから、もしかしてアンタも……って」
「はっ!? 違う、僕はそういうつもりじゃ……!」