立ち読みコーナー
目次
322ページ
堕ちた天使は死ななければならない    9
あとがき                317
125ページ~
彼だ。間違いない。あのときの人は。
『大丈夫だよ。……大丈夫。俺がぜったい助けてあげるから』
優しい言葉も、抱き締めてくれた腕のあたたかさも、あのときのままだ。
呼吸が浅くなる。だが、苦しいのではない。胸が熱くなる感じだ。
名前をつぶやいてみる。「……ジェフリー・ウォーカー……?」
あのとき名前は訊かなかった。そんな状況ではなかった。ふたり抱き合って、声さえ潜めて隠れていたのだから。
あとで聞いたところによると、彼が警察に通報してくれたらしい。それで自分たちは監禁生活から脱することができた。なにもかもあの人のおかげだ。
想いをこらえきれずに、声にして出す。「……出会えた……。また、出会えたんだ……」これは奇跡だ。デンバーから離れた場所で、ふたたびあの人と会えるとは。
もっと大人のイメージだったが、じっさいは数歳上くらいか。彼は体格がよくて、自分のほうは痩せこけて小さかったので、とても大きな人に見えていたのだろう。
そこでレイモンドはぎゅっと拳を握る。駄目だ。こんなに喜んでいてはいけない。ダニエルが殺されたというのに。いま考えなければいけないのは〈彼〉のことじゃない。〈ダニエル〉のことだ。
それでも、胸の震えが止まらない。体のなかで嵐が吹き荒れているようだ。嬉しさと悲しさが拮抗していて、頭がどうにかなりそうだ。
レイモンドはふたたびつぶやいていた。「実在したんだ。彼も、おれを覚えていた……」涙が溢れそうだった。たぶんこれは、奇跡などではない。きっとダニエルの魂が引き会わせてくれたんだ。そうに決まっている。
「……ダニー兄さん」昔の呼び方で呼んでみる。瞼の裏には、あのころの姿が蘇ってくる。〈プリンセス・バーバラ〉にはなっていない、少年時代のダニエルが。
まだ三十代の若さで殺されてしまうなんて。どうしてそんなことになってしまったのか。ゲイであることを恐れることなく公言して、自由気ままに人生を謳歌しているのだと思い込んでいた。そうではなかったのか。
レイモンドのほうは─つい先日、リサのところでヌードになって、これから未来が拓け始めると思った矢先だった。拓けはしたが、こんな未来を望んだわけじゃない。口をついて出るのは、「……どうして」という言葉だけだ。
ダニー兄さん。いまここにいてくれたら、自分のありのままの想いを相談することもできたのに。
おれは、ずっと夢見ていた人と、ふたたび巡り会えたんだ。だけどそれが、兄さんの死と引き換えの幸運だったとしたら……あまりにつらすぎる。