立ち読みコーナー
目次
258ページ
悪い男には裏がある    7
あとがき         251
129ページ~
「ちゃんと恋人同士になりたいんだ。お前と」
諏訪の指の力は強い。想いの強さをそのまま伝えようとしているようだ。
喉元を掴まれたわけでもないのに息が止まった。誰にどれだけ強く抱きしめられても、こんなふうに息が乱れたことなどなかったというのに。
呼吸すら覚束なくなって光成が黙り込んでいると、諏訪が少しだけ表情を緩めた。
「俺もどっちかっていうと、お前がつき合ってきた奴らと同じようなタイプに惚れられることが多い。最初から遊びのつもりだった、なんて堂々と言ってのける奴もいたし。浮気された挙句、『そっちもやってるんだろう』なんて逆切れされたこともあった」
諏訪は大柄で、どことなく崩れた色気が漂っているので、性に奔放なイメージを抱かれがちなのだろう。その外見とは裏腹に、恋愛観は意外と古風なようだ。今も、浮気なんてするわけもないのにな、と苦々しい溜息をついている。
諏訪は目を伏せ、握り込んだ光成の手の甲に親指を滑らせる。愛撫とも言えない、撫でるだけのそれに指先が震えた。心拍数が急上昇する。自分の心臓の音が聞こえそうだ。
ゆるゆると光成の手を撫でながら、諏訪は静かな声で問う。
「万が一お前が支社に異動することになっても、俺とつき合い続けてくれるか?俺は、距離を理由に終わらせるつもりはないぞ」
終わらせるつもりはない、という言葉に反応したのか、びくりと指先が震えて諏訪の手を握り返していた。自分でも、予想していなかった強さで。
諏訪が目を上げる。その目に自分の顔が映る。
きっと自分は、驚愕の表情を浮かべていたのだろう。待ち合わせ場所に遅刻したとか、会う前に銀行で金を下ろし忘れたとか、そんな些細なミスが別れ話に発展しがちだった光成には、にわかに信じられない言葉だ。
光成が驚く理由をもう理解しているらしい諏訪は、いくらか呆れたような顔で笑った。
「お前は本当に、不幸体質っていうか……こんなこと言われたの初めてか?」
苦笑する諏訪に、光成は言葉もなく頷いた。「さっきの質問の答えは?」と問われ、もう一度頷く。
頷いて、それきり顔を上げられなくなった。喉の奥に湿った布でも押し込まれたように、息ができない。無理やり吸い込もうとすると、脇腹が痙攣する。視界までぼやけてきたようで何度も瞬きをしていたら、目の端で諏訪が蕩けるように笑った。
「俺も、こんなこと言ってそんなに喜ばれたのは初めてだ」
光成の手を取ったまま、諏訪が膝立ちになる。そのままテーブルを回り、光成の隣に腰を下ろした。
いつかのように後ろから抱き込んでくるつもりかと思ったが、そんな様子でもない。黙って成り行きを見守っていると、繋いでいない方の手で頬を包まれ、上向かされた。
諏訪の顔が逆光になって、キスをするのか、と察した途端、諏訪の手を力一杯握り返していた。
たかがキスだ。ビジネスで言えば名刺交換のようなものだ。諏訪とつき合う前の光成ならそう公言してはばからなかっただろうが、今は違う。
たかがキスなのに全身が強張り、身動きが取れなくなった。近づいてくる諏訪の顔から目を逸らせない。目を閉じるタイミングすらわからない。