立ち読みコーナー
目次
234ページ
紳士家(グルメ)な恋人   7
追わせる男        203
あとがき         227
68ページ~
「ところで、重要な質問。彼氏はいるの?」
「たしかに重要な質問だね」
 ぷくく、とキリエは笑い、こちらも小声で答えた。
「今はいないよ。……四倉さんは?」
「俺も、今はいない」
「やった、仲間だ」
「じゃあ仲間同士、仲良くしようか。……今夜は、空いている?」
「今夜どころか、当分、空いてるよ。いつでも誘って」
 なんとも婀娜(あだ)っぽい笑みでキリエは答えた。せっかく四倉がベッドを用意してくれるのだ。乗らない手はない。もしかしたら今夜四倉を味わえるかもしれない……、そう思ったら、期待で体がゾクゾクした。
 おいしい創作和食でお腹をいっぱいにして、大満足してキリエはほほ笑んだ。
「おいしかったぁ。このお店、いいね。僕も使わせてもらっていい?」
「もちろん。気に入ってくれてよかった。そろそろ出ようか」
「うん、いいよ。ごはん代、いくら?」
「一回りも年上の男と食事をしたら、黙ってごちそうになること。これはオヤジと食事をする時のマナーだよ」
「そうなの?」
「そう。オッサンが若い子にお金を払わせるなんて、みっともないことだからね」
「そうなのか……。じゃあごちそうになる。ありがとね」
「どういたしまして。で、お腹を落ち着かせるために、店を変えてちょっと飲まない?」
「……うん、いいね」
 これはこのままベッド確実だと思い、キリエはくふふと笑った。
 車で運ばれた先は、皇居のお堀端にある老舗(しにせ)ホテルだった。歴史があり、サービスも上等ならレストランの味も一流だ。となれば当然、料金もお高い。何年かかけて改修工事をしていたことは知っていたが、もうオープンしたとは知らなかった。ロビーに入り、ゆっくりとあたりを見回してキリエは言った。
「いいね、シックで」
「俺もそう思うよ。リニューアルしていたんだが、去年の暮れにオープンしたんだ。リニューアル前もよかったけど、いかんせん、古くて暗かったからね」
「そう」
 リニューアル前のホテルには、レストランの利用でキリエもわりとよく来ていたが、べつにそんなことは言わなくてもいいので、さらりと流した。一方の四倉は内心で、まあこういう子だから、こうしたホテルには来たことはないだろう、それにしてもやはり物怖じしない子だと思いながら、さりげなくキリエの腰に手を回した。そのままエレベーターで、最上階のバーに案内する。キリエはちょっと驚いた。ホテルのロビーという人目のあるところで、男に対してこういうことを平気でやれるということは、遊び馴れていることに加えて、それが周知の事実となっているのだ。
(でもまあ、モテるってことは、上等な男ってことでもあるし)
 これはこれでいい情報だ。誰のものにもならない男なのか。あるいは、誰からも選んでもらえなかった男、なのか。
 メインバーに入り、窓際のテーブルに案内される。椅子に座ったキリエは、外を見て、残念そうに口をとがらせた。
「昼間だったら皇居の緑が綺麗だろうねぇ。今は真っ暗で、歩道の明かりと車のライトしか見えない」
「テーブル移る? 向こうなら日比谷(ひびや)の夜景が見えるよ。まあ、きみの嫌いなビルの明かりだけどね」
「こっちのほうがいい。車のテールランプは見るの好きなんだ」
「変わっているねぇ」
 クスクス、と四倉に笑われた。なに飲む? と四倉に聞かれたキリエが、サッパリして後味のいいもの、と頼む。四倉はスパッとオーベルニュをオーダーしてくれた。見事にキリエが飲みたいと思っていたカクテルだ。さすが、人をバーに連れてくるだけはある、上等、上等と思い、キリエはほくそ笑んだ。四倉のほうは、酒を飲みながらあれこれと脈絡なくキリエに話題を振った。キリエはどんな話題にも興味津々で食いついてくるが、それを作ってる人はどんな人だろうとか、どんな仕事をしてるんだろうとか、そこは年中強風が吹いているのかなとか、見知らぬ誰かや場所について想像を膨らませ、ふっと空想の世界へ行ってしまうのだ。好奇心が旺盛で素直なのは可愛いが、幼稚だし、やや聡明さに欠けると思い、四倉は心の中で苦笑した。実はキリエのほうも話題の広がりから、四倉がどんな男か、仕事馬鹿なのか、それとも広く好奇心旺盛なのか、なにかについての差別思考があるのかなどを計っているとは、思ってもいない。
 軽口からどんな人物なのか互いに見定めるという、傍目(はため)にはわからない緊張感を持ってカクテルを楽しむ。キリエが二杯目を飲み干したところで四倉が言った。
「お代わりは部屋で飲まない?」
「……そうだね」