立ち読みコーナー
目次
274ページ
最近の部下は難解です     7
ネジを一本          253
あとがき           270
「深山、さっきは本当に申し訳ない。俺の不注意で……」
 少しは平常心を取り戻し、兼人は深く頭を下げる。途中、まだ深山の手を握ったままだったことに気づいてぎこちなく指先を緩めた。
「ちょっと、他のことに気をとられてな……すまなかった。あ、眼鏡も返すから」
 ほら、と黒縁の眼鏡を差し出してみるが、深山が受け取る気配はない。それどころかまだ無言で兼人を見ている。前髪の向こうから、据わった目で。
(——……怒ってる)
 深山の目を見返せず、兼人は視線を左右に揺らす。自然と体が逃げを打ち、廊下の壁が背中に当たった。いつの間にやら逃げ場がない。
 やはり土下座か。ここなら人目もない。相手は七つも年下の新人だが、どう考えても非はこちらにある。廊下に膝をつこうとしたら、ふっと目の前が翳った。
 視線を上げると、前より近くに深山の顔があった。やはり裸眼ではよく見えないのか、わずかに目を眇めている。草食動物のように大人しい目をしているとばかり思っていたのに、思いがけず獰猛な目元にぎくりとする。
「め、眼鏡……かけた方がいいんじゃないか……?」
 手にしていた眼鏡を掲げようとしたら、深山の体にぶつかった。気づけば互いの距離がほとんどなくなっている。もう一方の手はまだ深山の手に掴まれたままだ。兼人はもう指先を緩めているというのに、深山の方が放そうとしない。
 何かおかしい、と思ったら、唇を吐息が掠めた。えっ、と短い声を上げたら、吐き出した声ごと深山の唇に呑み込まれる。
 最初、兼人には何が起きているのかまるで理解できなかった。
 押しつけられた唇がわずかに離れ、再び重なって、舌先が兼人の唇をこじ開けようとする。そこまでされてやっと我に返った兼人は、あらん限りの力で深山の胸を押しのけた。
「な——な……っ……何すんだ!」
 深山の大きな体がよろけて離れる。大声を出したつもりだったが、意に反して語尾が掠れた。男にキスをされた衝撃があまりに大きかったせいだ。
 兼人に突き飛ばされた深山は、なぜか驚いたような顔で目を見開き、懲りずに兼人に手を伸ばそうとする。兼人がとっさにその手を払いのけると、今度は困惑顔で兼人との距離を詰めてきた。
「主任、どうして……」