立ち読みコーナー
目次
226ページ
乱入者に情、配偶者に愛     7
あとがき            215
66ページ~
「それはそうやけど、俺かてお前に、あんな優しくて温かい目ぇで見守られてみたいわ。長いつきあいやぞ? 今日来たばっかしの小鳥のほうがお前に可愛がられて美味しい目ぇ見るんは、おかしいやろが」
「馬鹿野郎、勝手なことばっか言いやがって。そもそも、小春を預かってきたのはお前だろ。何を本末転倒なヤキモチ焼いてんだよ」
 冷淡な口調とは裏腹に、江南の厚い胸に押しつけられた篤臣の頬には、はにかんだ笑みが浮かんでしまっている。
 江南の、こういう子供っぽい、しかしどこまでも真っ直ぐな感情の発露は、時に篤臣に、「とてつもなく愛されている」と実感させてくれるのだ。
「そら、妬くやろ。この部屋で、お前が俺以外の奴を甘やかしたり可愛がったりすると思うと、わりと俺、さっそくジェラシーの嵐やで」
 そんな身勝手な発言をしつつ、江南は篤臣を抱いたまま、ソファーにごろんと横になる。
「うわっ!」
 まるでラッコの子供のように江南の身体の上に抱え込まれた状態になり、篤臣は、半ば流されかけながらも、江南の胸に両腕を置き、その高い鼻筋をギュッとつまんだ。
「おい、マジでその気になってんのかよ。晩飯、どうすんだ? 俺、お前が帰ってくるまでにと思って、猛スピードでハンバーグ作ったんだぞ。しかもテリヤキ」
「それも、ちゃんと食う。お前を食うた後で」
 江南の言葉には、微塵の迷いもない。
 言葉だけではなく、同時に外科医の繊細な指先が、誘いをかけるように篤臣の背中を滑る。彼言うところの「長いつきあい」のおかげで、篤臣の弱いところを知り尽くした無駄のない動きだ。
「ちょ……よせよ。くすぐったいって」
 本当はくすぐったい以外の感覚が、篤臣の身体には早くも生まれていた。
 考えてみれば、こんなふうに互いの身体を密着させるのは、ほぼ二週間ぶりだ。お互いに忙しく、すれ違いの日々が続いていて、睦み合う機会がなかった。
 おかげで、こうして互いの温もりを全身で感じると、たちまちどうしようもない渇きのようなものを思い出してしまう。
 それでも篤臣は、恥じらいから一応の抵抗を試みた。
「あのさあ、そんなことしてから風呂に入って晩飯を食ってたら、凄い時刻になっちまうぞ? せめて、先に飯食わないか?」
「そんな器用なやりくり、俺はようせん。今は、お前がいちばん食いたい」
「そんなことしたら、お互い、明日は超寝不足決定だろ。今日はまだ木曜だし、明日一日、フルに働かなきゃいけないんだぞ?」
「わかっとるけど、待たれへん」
「……ったく」
 どこまでもストレートな江南の要求に、篤臣は結局、なすすべもなくまたもや折れることとなった。
 なんだかんだ言っても、江南の我が儘を可愛いと思ってしまう自分に、篤臣は心の中で舌打ちする。
 しかも、その屈服がさほど嫌ではないのが、余計に嫌になるといったところだ。
「しょうがねえな。そういうヤキモチは、今夜だけにしてくれよ。身が持たないから」
 そんな言葉と共に、篤臣は江南の唇を指でなぞり、それから、自分から身を伏せるようにしてキスをした。
 たちまち、江南からも深く唇を合わせられ、背骨が軋むほど強く抱き締められる。江南の身体からは、消毒薬と、手術中にかいた汗の匂いが微かにした。
「……っ、ん、う」
 息苦しい中で嗅ぐそんな匂いが妙に生々しく感じられ、篤臣のどちらかといえば淡泊なはずの肉欲が激しく煽られる。
 太腿に押しつけられた江南の熱が、篤臣の身体にもジワジワと伝わり、身体の奥底に火を点けられたような気がした。
「はあ……っ、ぁ」