立ち読みコーナー
目次
272ページ
愛しているはずがない    7
あとがき          269
「いい尻だ」
 獰猛な息遣いをすぐ耳許で聞かされながら、斑目の指が容赦なく自分の後ろを押し拡げるのに、湯月はただひたすら耐えていた。カウンターの中に立たされ、シンクに手をつかされて下着ごとスラックスを下ろされ、いいようにいじられている。
「ぁ……っく、……ぅう……っ、……っく、……はっ!」
 ジェルを足され、眉をひそめた。スーツの上着を脱ぎ捨てる気配に危険を感じながら、用意周到な斑目にこうなる運命だったことを思い知らされる。
「最初、から……、この……つもり……、……ッ!」
「お前も気づいてたんじゃないか? まさか、ただバーテンとしてスカウトしただけだと思っていたのか? シェイクもできない素人にチャンスをやるほど、俺は優しくないぞ」
 湯月は、目許がカッと熱くなるのを感じた。斑目の言う『まさか』を信じていた己の愚かさに、奥歯を噛む。
 自分の自惚れを指摘されるのと、同じだった。思い上がっていたと痛感させられ、恥ずかしくなる。自分のステアの技術など、露ほどの価値もないと言われているのと同じだ。通じると思っていたことが滑稽でならず、自虐的に嗤う。
 そんな湯月の心を見透かしたように、斑目は言った。「だが、ステアは抜群だった」
 途端に、心が疼いた。プライドを打ち砕いた後に、自尊心を取り戻させる。なんて男だろう。
「あなた……ほどの、人が……、俺に……世辞、です、か……、……は……っ」
「本当のことだ。嘘は言ってない」
「でも……、……ッあ……、シェイクも……、できな……、素人に……って」
「自尊心を傷つけられて、恥ずかしくなったか? ステアには自信があったんだろう?」
「……ぅう……っく、……ん……は……っ」
「お前を見てると、踏みにじりたくなるよ」
 クク……、と喉で含み笑う斑目に、湯月は唇を噛んだ。
 根っからのサディストだ。プライドを傷つけ、辱めた後甘い言葉を注ぎ入れる。人をたらし込む天才だ。落胆と喜びを上手く操っている。
 自分の感情なのに、斑目にいいように揺さぶられる。面白くない。
「全部……、自分の、……思い通りになると……、……く」
「俺は、欲しいものは手に入れてきた。これからもだ」
 簡単に言うが、斑目の言葉がただのはったりではないことは、わかっている。
 事実、その策略に嵌まり、たった一ヶ月の間にバーテンダーの技術を覚えた。あそこで断ってもよかった。それなのに、断れなかった。抗うことができなかった。危険を感じながらも、斑目の話に乗った。吸い寄せられ、引き込まれる。
「お前は、簡単に他人のものになるようなタマじゃないだろう?」
 それは、本音なのか、それとも自分を喜ばせるための方便なのか——考えるが、答えは見つからない。
「おしゃべりは終わりだ」
「——は……っ」
 躰を反転させられて向き合うと、脚の間に膝を入れられる。斑目が左手だけで素早く自分のイチモツを取り出し、あてがってくる。
(嘘、だろ……)
 容赦なく自分を貫こうとする斑目に、湯月はこの行為に対して初めて恐怖を覚えた。単に痛みに対してではない。己のすべてをいとも簡単に奪い兼ねない存在に対してだ。
 軽く考えていた。そんなつもりはなかったが、目の前の男を侮っていた。
 殺される——。
 乱暴な愛撫に、湯月は自分がとんでもない男に買われたことに気づかされた。
「ぅう……っく、……ふ、……ぅ……っく」
「俺の愛人は、そう簡単に務まらないぞ」
 愉しげに自分を引き裂こうとする男に抱くのは、完全な敗北だ。
「ッあぁ……、ぁあッぁ……、……ぅう……っく、……あぁ……、ぁ、はっ!」
「俺を見ろ。目を閉じるな」
 襟足を掴まれ、上を向かされる。注がれる視線に視線で応えながら、灼熱の楔を打ち込まれるのに耐えるしかなかった。その鋭い牙は、既にこの肉体に突き立てられていてもがいても外れそうにない。
「俺がお前の主だ。よく覚えておけ」言いながら、さらに侵入してくる。立った状態で貫かれるまま、身を委ねるしかなかった。
「ぁう……っ!  ……ぅう……っく、——んぁぁああ……っ!」
 全身が焼けつくようだった。
 脚に力が入らず、シンクの縁に手をついて躰を支える。座り込む寸前だ。なんとか堪えるが、膝が震えていて、いつまで持つかわからない。斑目に支えられていることが支配されている証のようで、必死で脚に力を籠める。けれども、自力で立っているのも限界だ。
「辛いか?」
「ッあ!  ……んっ……、……ぁ……っく、……ぁあっ!」
 むんとする牡の匂い。思わず、斑目の背中に右腕を回した。左手はまだシンクの縁だ。両腕で抱きついてしまうとすべて失いそうで、辛うじて堪えた。それが、斑目を悦ばせたらしい。
「強情だな。ますます気に入ったぞ」