立ち読みコーナー
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桜と雪とアイスクリーム いばきょ&まんちー3   7
あとがき                     213
「えっ? せ、先輩?」
 キッチンの片隅に持参の紙袋を置くと、楢崎は狼狽える京橋にかまわず、新しい密封容器を取り出して電子レンジに放り込む。
「あの、先輩」
「器を出せ。汁物が入るような……そうだな、汁椀(しるわん)よりは深さのある洋皿のほうがいい。一枚でいいぞ」
「は……はあ」
 戸惑いながらも、京橋は従順に頷いた。K医大は自由な校風といえども、伝統的に先輩後輩の関係が厳しいのである。
 食器棚を開けた彼は、少し考えて、丸くて大きなスープ皿を取り出した。
「これでいいですか?」
「ああ。じゃあ、スプーンを出して、そこに座れ」
 楢崎は無愛想に顎をしゃくり、やや高圧的な態度でテーブルに着くよう命令する。
「は……はい」
 どうやら楢崎は、京橋に何かを食べさせに来たらしい。
(参ったな。正直、何も食べたくないんだけど……)
 閉口しつつも、わざわざ来てくれた楢崎、そして料理を作ってくれたのであろう万次郎の厚意を頭から否定する度胸もなく、京橋は言われたとおりにした。
 食べかけのマカロニサラダの容器に今度こそ蓋をして、そっと脇にどける。
 軽快な音を立てて電子レンジが動きを止めると、楢崎は密封容器を取り出し、中身を慎重にスープ皿にあけた。そしてそれを京橋の前に置くと、自分は彼の向かいの席……いつもは茨木が座る椅子に腰を下ろす。
「これは?」
 スープ皿からは、ほわほわと優しい湯気が立ち上っている。たっぷり入っているのは、とろみのついた、オレンジ色の液体だ。
 テーブルに両肘をつき、長い指を組み合わせた楢崎は、いつもの素っ気ない口調で京橋の疑問に答えた。
「手持ちの野菜をあれこれ煮たポタージュだそうだ。まんじが一生懸命作っていた」
「間坂君が、わざわざ俺のために?  昨夜、サラダをもらったのに」
 すると楢崎は、冷たく整った顔をわずかに和らげて言った。
「昨夜はそれしかなかったから咄嗟にマカロニサラダを渡したが、冷たいものをひとりぼっちで食べたりしたら、かえって気持ちがささくれるとまんじが心配してな。せめて温かいスープなら、少しは喉を通るんじゃないかと」
「…………」
 申し訳なさとありがたさで言葉が出ない京橋に、楢崎は小さく笑ってつけ加えた。
「あと、お前が食っている間、一緒にいてやれとも言われた。うちに呼んでもいいんだが、そうするとお前はどうも、食えないことに萎縮するようだから」
「そ、それは」
「まあ、それなら俺じゃなくまんじが来たほうが、空気が無駄に明るくなるんじゃないかと思いはしたんだぞ。だが、俺が相手でないと、お前が愚痴れないだろうとまんじに言われたものでな。あいつは、そういうところは妙に敏いんだ」