立ち読みコーナー
目次
258ページ
束の間の相棒           7
あとがき             247
68ページ〜 切れ長の目が露わになって、和希はそこから視線を逸らせない。遠い昔、優しくて聡明な草食動物のようだと思った目は、今や獰猛な肉食獣のそれだった。
「俺に組から抜けて欲しいか?」
 低く囁かれ、唇に百瀬の吐息がかかる。それが呼び水になって以前百瀬にキスをされたことを思い出した和希は、蘇る記憶を意識の外に追い出そうと無駄に大きな声を上げた。
「と……っ、当然だ! 元同級生だからな! まっとうになれ!」
 体を後ろに引こうとする和希を許さず、掴んだ胸倉を自分の方に近づけて百瀬はうっすらと目を細める。
「組から抜けたら、お前、俺の愛人になるか?」
 思いがけない申し出に「へっ?」と間抜けな声を上げてしまった。
「お前がそこまで本気なら、考えてやらないこともない」
 唇にかかる吐息が熱くなった気がして、和希の混乱と動揺が一気に跳ね上がる。
「お、おお、お前……っ、またそんなこと言って、じっ、冗談だろ!?」
 首を仰け反らせ顔だけ後ろに引く和希にますます顔を近づけ、百瀬は眉を上げた。
「どうして冗談だと思う? 大体お前、俺をホモだと思ってるんだろう?」
「そりゃ……えっ、だって、違……?」
 最後の確認をする時間も与えられず、百瀬が和希の唇に噛みついてきた。
 言葉を封じるように下唇を軽く噛まれただけだったが、同性にそんなことをされて軽く流せるほど和希の胆は据わっていない。驚きすぎて喉から悲鳴じみた声がほとばしり、渾身の力を込めて百瀬の手を振り払う。
 服を掴む百瀬の指は思いの外簡単に離れたものの、百瀬はまたすぐに手を伸ばしてくる。大きな手が今度はどこに触れてくるか想像もつかず、和希は助手席のドアに背中を押しつけるとすがる思いでドアノブに手をかけた。その間も、ずるずると闇を這う蛇のように百瀬の腕は伸びてくる。
 妙な威圧感に完全に呑まれ、車に押し込められたとき鍵がかかっていたことなど失念してガタガタとノブを引いていると、ふいにドアが開いた。百瀬がロックを外したらしい。
 ドアに体重をかけていた和希は背中から道路に転がり落ちたが、痛みすら感じなかった。体を起こすなり悪い輩を封印するように力一杯ドアを閉めると、車がゆっくり走り出す。
 窓の向こうで、サングラスをかけ直す百瀬の横顔が見えた。その口元に浮かんだ楽し気な笑みを和希は放心状態で見送る。