立ち読みコーナー
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吸血鬼(仮)と、現実主義の旦那様  ……7
あとがき              ……226
「さて、踊りに行くか」
 ウィルフレッドは無造作にそう言い、ハルの手を取った。ハルはビックリして、ウィルフレッドの顔を見る。
「踊る? マジで? そんな呑気なことしてていいの?」
「これも仕事のうちだ」
「仕事のうちって……」
 戸惑いながらも、ハルはウィルフレッドに手を引かれ、会場の中程に進み出る。すでに何十組ものカップルがダンスを始めており、ウィルフレッドとハルに気づくと、皆、さっとよけてスペースを作ってくれた。
「では、奥方様」
 作法どおりに恭しく一礼して、ウィルフレッドはハルに向かい合って立ち、片手でハルの手を取り、もう一方の手をハルの腰に回す。
 最初の頃こそ、舞踏会のたびにダンスの練習に四苦八苦していたハルだが、もうすっかりステップを踏むことに慣れ、たいていのダンスは上手に踊れるようになった。
 音楽に合わせ、ウィルフレッドにリードされて優雅に回転しつつ、ハルは囁き声で問いかけた。
「これが、仕事?」
 ウィルフレッドは、微笑んで頷く。
「そうだ。仮面のおかげで、多少不躾な視線を飛ばしても、気づかれる恐れはないからな。踊りながらゆっくり移動して、会場内をくまなく観察する。警察の連中は衛士に化けているから、会場の壁際、しかも指定の場所から離れることができない。踊りの輪に入っている我々だけが、会場の中央から、あちこちを見て回ることができるんだ」
「なるほど!」
「とはいえ、疲れたら言えよ」
「……あんたこそ。俺は若いから大丈夫だよーだ」
「……言ったな?」
 ウィルフレッドは片眉を上げると、大きく足を踏み出す。アクロバティックな勢いでターンさせられて、ハルはふわりと背中の羽根を揺らしながら、自然に笑い声を立てていた。
(キアランの言うとおりだ。もっとガチガチに緊張してなきゃいけないと思ったけど、ちゃんと楽しめる。……ウィルフレッドと一緒なら、どんなときだって、俺、楽しめるんだな)