立ち読みコーナー
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友には杯、恋人には泉  ……7
あとがき        ……215
「やっぱし、帰ることにしてよかったわ」
「へ?」
 不思議そうに小首を傾げる篤臣に、江南はこう言った。
「ホンマは、せっかくの機会やし、週末やし、俺らも部屋取って泊まろうかと思てんやけどな。やめたんや」
「そりゃ別にいいけど、なんで? 確かにお前だったら、俺たちも泊まろうって言いそうなのに」
「なんでって訊かれたら答えにくいねんけど……。確かに、お前にもたまの贅沢をさしたりたいっちゅう思いはあったんやで? せやけど、なんちゅうか……」
 江南は照れくさそうに指で鼻の下を擦り、並んで歩く篤臣を手を不意に取ると、そのまま自分のコートのポケットに突っ込んだ。
「あ、おい」
 人目を気にして篤臣は狼狽えるが、江南は笑って言い放った。
「暗うて、誰にもわからへん。大通りまでや。……なんや、ホテルの見慣れん部屋に泊まるより、こうしてお前と二人で、俺らの家に帰りたいなーて思うてな」
「江南……」
「これまでもこれからも二人きりやけど、俺ら、もう立派に家族やな」
 そんな言葉と共に、ポケットの中で、江南の大きな手が、篤臣の手をギュッと握りしめる。
「今さら何言ってんだ、馬鹿野郎」
 篤臣は酷くはにかんだ笑顔でそう言い、江南の手を握り返した。そして、ピタリと足を止める。つられてつんのめるように立ち止まった江南は、不思議そうに篤臣を見た。
「篤臣?」
 すると篤臣は、ポロリとこぼれた涙を拭きもせず、静かな声でこう言った。
「俺たち、親に生んでもらって、大事に育ててもらって、こんなにでっかくなってもまだ見守ってもらって……。いっぱい心配かけて、一緒になったんだ。ちゃんと、二人で幸せでいないと、バチが当たる」
「……せやな」