立ち読みコーナー
目次
290ページ
たぶん疫病神  ……7
厠神と竈神   ……219
あとがき    ……280
 まさか、と青ざめる。
 今成の盗難も室長の風邪も、自分が神に憑かれた影響なのだろうか。
 霊験あらたか、と言っていいのか、神が言っていたとおり、次々と自分の周囲が不幸に見舞われている。
 ひとつひとつは命に関わるほど深刻な問題ではなく、運が悪かったね、という言葉ですませられそうなことばかりだ。しかしこうもたて続けに悪いことが重なると、おそろしくなってくる。
 次は、誰だろう。
 そういえば、音無の姿がない。朝の寮でも姿を見なかった。寮では毎朝顔をあわせているわけではないが、だが……まさか……。
「おはよう」
 思いにとらわれて立ち尽くしていると、音無が出勤してきて、後ろから肩を叩かれた。
「あ……お、はようございます……」
 音無はいつもと変わらぬ様子だった。しかし佐藤の顔を見ると、おや、と眉を跳ねあげた。
「ん? 顔色が悪くないか」
 心配そうに佐藤の顔を見つめてくる。いつもはその顔を見ると舞いあがってしまう佐藤だったが、今日は身体をこわばらせた。
 知財部では今成と室長に不幸が訪れた。となると、次は音無かもしれない。
 神は、よりましと関係が深い人間が不幸になると言っていた。友だちでもない、おなじ会社に勤めているというだけで所員たちは勃起不全になってしまったのだ。自分が好意を寄せている相手となると、より大きな不幸がもたらされる可能性があるのではないか。
「あの、音無さんはだいじょうぶですか」
 せっぱ詰まって、脈絡もなく尋ねた。
「なんのことだ」
 唐突な問いに音無は面食らったようにまばたきした。
「もしかして篠澤さんの薬の話か?」
 音無も勃起不全の話を耳にしたようだ。
「それもそうですけど、それだけじゃなくて、不幸なことが起きませんでしたか」
 喋りながら、音無との距離がとても近いことに気づいた。
 物理的な距離がどれほど関係あるのかわからないが、自分に近づかせてはいけない気がして、さりげなく一歩離れる。それらの言動のぎこちなさに、音無が眉を寄せる。
「なんかおかしいな。熱でもあるか?」
「だ、だ、だいじょうぶです」
「本当に?」
 ひたいの熱を測るように、音無の腕が伸びてくる。佐藤は飛び退くように後ろにさがり、それをよけた。
 中途半端に伸ばされた彼の手が宙でとまる。その目が、驚いたように見開いて佐藤を見つめた。
「あ」
 いかにもさわられるのを嫌がっているかのような、極端な拒絶になってしまったと、そのときになって気づいた。
 微妙な空気が流れる。
「あの、その、そういうつもりじゃなくて……本当に、だいじょうぶですから……」
 言いわけをしたら、さらに気まずい空気になってしまった。
 しかしそう思ったのは自分だけだったのだろうか。音無はまったく気にしていないように手をおろし、いつものしかめ面で続ける。
「だが本当に顔色が悪い。昨日の昼間、給茶機のお茶を飲んだのか? 飲んだなら、副作用が出てるかもしれないぞ。無理せず申告したほうがいい」
「ぼくは飲まなかったから、それはだいじょうぶです。あの、音無さんは、飲みましたか」
「ああ。普段は飲まないのに、昨日に限ってなぜか飲みたくなって。失敗した」
「……音無さんまで……。ごめんなさい」
 申しわけないような気分になり、うなだれた。すべては神のせいで、自分のせいではないと開き直ることができれば楽なのだろうが、いかんせんそういう性格ではなかった。
「なんでおまえが謝るんだ」
 佐藤の様子がいつもと違うので、音無が訝って覗き込んでくる。佐藤はますます身体をこわばらせた。近づいてはいけない。しかし理由をうまく話せる自信はないし、むやみに避けたら不審がられてしまう。
「佐藤?」