立ち読みコーナー
目次
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淫猥なランプ  ……7
あとがき    ……284
「あ……」
 惚(ほう)けるとはまさにこのことだ。いつも惚けているが、いつにも増して惚けてしまう。
 目の前には、無精髭のワイルドなオヤジが立っていたのだ。どう考えても、ランプの中から出てきたとしか思えない。夢か幻かわからず、ずれたメガネの位置を正すことすら忘れて正座をしたままじっと男を見上げた。
「あー、やっと出られた。千年ぶりかぁ?」
 男は髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回すようにして頭を掻くと、うんざりとした口調で言い、部屋を見回しながら溜め息をつく。
(しゃ、しゃべった)
 歳は四十代前半だろうか。上半身裸で、褐色の素肌にジャラジャラした金の首飾りや腕輪など、ゴージャスな装飾品を身につけている。青い宝石は、おそらくラピスラズリだろう。以前、大エジプト展へ行った時に見た、どこかの王様の遺品として発掘されたものによく似ている。
 あれが全部本物なら、かなりの値打ちだ。しかも、立派なのは衣装だけではない。
 男は目鼻立ちがはっきりとしており、精悍な顔立ちをしていた。鋭い目はまるで猛禽類のそれで、眉毛は太く、鼻は高くて立派だ。唇も分厚くて、一つ一つのパーツがはっきりしている。髪の毛は真っ黒で、揉み上げから顎にかけてのラインには男臭さが滲み出ていた。あの辺りからフェロモンが出ているに違いない。無精髭も魅力の一つになっていて、むせ返るほどの男の色香を感じずにはいられなかった。骨密度の高そうな鎖骨の出っ張りや筋肉の凹凸によって生まれる陰影も然り。
 褐色の肌と盛り上がった筋肉はまさに芸術的で、宝飾品を身につけるにふさわしく思えた。あれほどの肉体美だからこそ、金や宝石がより映えて見えるのだ。
 美しくも気高い野生の獣という印象が、全体から漂っている。
 これまで一度も接したことのないようなフェロモンむんむんのゴージャスな衣装のオヤジに圧倒されていると、男はようやく匡の存在に気づいた。
「ん……?」
 見下ろされ、心臓が大きく跳ねる。
 まるでエジプトの神に見下ろされているような気分だ。いや、ランプの中から出てきたのだから、この場合はランプの精と思うべきだろう。
「俺を呼んだのはお前か?」
「えーっと……どちら様ですか」
「オヤジンナポッポレーノフェロモンダプンプンキンニクモムッキムキーダキファーフ様だ」
「オヤジンナ……フェロモン……? ……えっと……」
「キファーフだよ、この昼行灯」
 じゅげむじゅげむみたいな名前だと思いながら、匡はずれたメガネの位置を正し、視線を徐々に下へ移動させた。少ない布で覆われている腰もベルトのようなゴールドの宝飾品で飾られているが、妙に盛り上がっている部分がある。
 腰に剣でも差しているのかと思っていたが、どうやら勃起しているようなのだ。
(朝勃ちみたいなもんかな)
 勃起していることを指摘していいものか迷っていると、匡が股間を見ていることに気づいたランプの精と目が合う。
「ああ、これか? お前、今俺の股間を擦っただろうが」
「いえ、俺はランプを撫でただけで……」
「お前が擦ったところに、ちょうど俺の股間があったんだよ」
 なるほど、朝勃ちではないのか。男の手で勃起させられるなんて、さぞかし嫌だっただろうと反省する。けれども、わざとではない。
「すみません。知らなかったものですから」
「知らなかったで済むか。千年ぶりに俺の大砲に点火しやがって。責任を取ってもらうぞ」
「え……?」