立ち読みコーナー
目次
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恋人はバカ 〜理系彼氏のしつけ方〜
恋人はバカ 〜理系彼氏のあやし方〜
あとがき
「おかえりなさい」
 と声をかけられて、思わず声を上げるほど驚いた。
 通路からの明かりが届く中に、ぼおっと杉の姿が浮かび上がる。
「き、来てたのか!」
 慌てて壁のスイッチを押した。杉がまぶしそうに目を細める。
「ど、どうして明かりもつけずに……」
「お留守だったので……」
「は?」
「お留守だったので、あまり勝手をしてはいけないかと」
「勝手って……! 電気やエアコンぐらい、つけててくれよ!」
 つい大声で言うと、杉は素直に『すみません』と頭を下げた。杉が飯山の許可なく家のものを勝手に使ったことは今まで一度もなく、それこそ風呂場の石鹸ひとつにもきちんと事前に飯山の了解を求めてきてはいたが、まさか、電灯もつけないとは思っていなかった。
「あのな……もうつき合って半年だろ。合鍵も渡してあるんだから、ある程度、俺のうちを勝手に使ってくれていいんだよ。電気も水道も風呂もトイレも勝手に使っていいし、腹が減ったら冷蔵庫の中のものも飲み食いしててくれたらいいんだ」
 強い口調で言うと、『わかりました』と真面目な顔でうなずく。
「すみませんでした。合鍵で人の部屋で待つなんて、初めてで……」
「謝らなくてもいいけど……退屈だったろ、真っ暗な中で」
「いえ」
 部屋の中を進み、エアコンのリモコンを操作する飯山に、杉はぼそりと言った。
「あなたの匂いがいっぱいで。退屈じゃなかった」
 どんな顔でどんな反応をすればいいかわからず、飯山は振り向けなかった。欲情される立場に慣れていなくて胸がドキドキいう。そんな飯山の肩と腰に、後ろから腕が回されてきた。
「……おかえりなさい」
 甘えるように首筋に鼻を擦りつけられ、
「本物の匂いが一番いい」
 しみじみと呟かれた。
 無口で不器用なだけに、杉の言葉は時にストレートすぎるほどストレートだ。どう反応していいか、とまどうほどに。
 もう、明かりやエアコンぐらい好きに使っていてくれと念を押す余裕は飯山にはなかった。貪欲な唇に唇を求められていたから――